新型コロナウイルスの被害が増える中、政府の対応がまずいのではないかとか、中国政府の初動がまずかったとか、当然の如く言われている。
私も、たしかにダイヤモンド・プリンセス号の隔離のしかたには疑問を持った。
乗客と乗組員に犠牲を強いたことになったからだ。
人数的な問題で、全数検査に持ち込めなかったことは否めないが、そのまま彼らを閉鎖空間に留め置くのではなく、日本に上陸させて、隔離する方法はなかったのか、残念でならない。

そんななかで、私たちは連休でも外出を控えなければならない状況だけれど、こういうときに開高健の『パニック』を紐解くのも一興である。
カミュの『ペスト』でもいいのだが、ちょっと長いので、私は『パニック・裸の王様』(新潮文庫)を引っ張り出してきた。
パニック

これは、大学生の時に乱読していたころのものだ。
芥川賞に輝いた『裸の王様』は高校の現代国語の教科書にも載っていたので、ここでは触れません。

で『パニック』である。
開高健のSF作品とも言うべきもので、ネズミの大量発生に右往左往する役人たちの姿を、醜く、滑稽に描いた社会風刺だ。

百年に一度、笹に花が咲き、実が成ったことから、その実を狙ってネズミが大量に発生する。
笹の実は「野麦(のむぎ)」とも言われ、信州では救荒食として利用されてきたと『女工哀史』や『野麦峠』に書かれているほどだ。
竹や笹は約百年に一度だけ花を咲かせ、実を結び、枯死するのである。
ネズミが増え、野山のありとあらゆるものが彼らにかじられる。
すると木々までもが枯れて倒れ、森林が急速に破壊されていくのだった。
主人公の役人、俊介(しゅんすけ)とその上司の山林課課長、実験動物の飼育係の男、局長、イタチ業者などが織り成す人間模様が今の日本の新型コロナウイルス対策に奔走する役人たちと重なる。

俊介は、動物学に明るい有能な役人なのだが、彼の鼠害(そがい)対策の上申書は、上司の課長(前任者)によってもみ消された経緯があった。
もし俊介の対策が早期に取られれば、あるいは結果が違っただろうと読者も思うのだ。
今の、胃弱で口臭の酷い山林課課長は、狡猾で、保身の塊で、事なかれ主義な官僚の典型だ。
彼は、前年の秋に不正が発覚した資材課から横滑り人事で赴任してきた、山林の管理に関してはド素人である。
イタチ業者にまんまと騙される課長やその上の局長だが、そこには贈収賄の癒着があった。
俊介がネズミ捕食者としてイタチが有効であることを認め、それを導入することには賛成していたものの、納入されるイタチは、何度も同じイタチが業者からもたらされる。
イタチの耳に傷をつけて密かに識別していた俊介はそのからくりを見破って課長に迫るのだが…
世間は、ネズミの被害でパニックに陥り、デマも流れ、もうどうしようもないほどに混乱を極めている。
ネズミが病気を蔓延させ、人々を恐怖に陥れる。

俊介は過去の日報で、ネズミの大量発生について言及していなかったことを、反対に「口臭」課長になじられ、責任を転嫁させられそうになるんだね。
ついには政治問題になり、県議会野党に利用される俊介は、現職知事からも疎まれ、東京の本庁(林野庁か?)に栄転の名目で現場を去ることになるかもしれないほど追い詰められる。

あとは「ハーメルンの笛吹き」や「レミングの集団入水自殺」のような結末に…

開高は、この作品を仕上げるにあたって、ネズミの習性や殺鼠剤、笹のことなどを丹念に調査し、物語に現実味を与えている。
俊介に示唆を与えた農学者の研究課長こそ開高健のカメオ出演ではなかろうか?

こういった話を読むと、今の新型コロナウイルス禍の政府や自治体の動揺が重なります。
彼らもやはり、自分が責任を問われるのを恐れるのか、誰かのせいにするような言動を繰り返すんだね。
非難が自分にかからないようにね。
「知らなかった」、「想定外だった」、「そのときは最善の方法だった」云々…

そして「希望的観測」で「事なかれ主義」で、だれも責任を負わない。
英断もなく、勇気ある行動もない。
そんなところに感動もない。
可愛そうなのは、密閉空間に押し留められた人々だ。

その昔「コレラ船」という隔離船があったそうだ。
太平洋戦争が終わり、不衛生な引き揚げ船の中でこの病が発生し、船はそのまま隔離のために沖合に留め置かれ、世間では「コレラ船」と呼ばれた。
その後も、コレラが発生するたびに「コレラ船」が用意され、罹患者はその船に移されて沖合で40日間過ごさねばならない規則になっていて、初夏の季語にまで選ばれる始末だった。

日本人は、幕末からしばしばコレラに見舞われ、西南戦争が終わった1877年に本格的にコレラが流行してしまったころ、歴史上は「へスペリア号事件」として記憶されている明治時代の出来事があった。
当時、コレラが清国で流行し、また西日本でも「コロリ」と称してコレラ禍が起こっていたらしい。
明治政府は検疫停船仮規則を制定し、外国船の入港に制限を加えていた。
※コレラに冒された人は、たちまち死んでしまうので「コロリ」と世間では呼ぶようになったとか。

アメリカなどはこの規則に従ったものの、ドイツ(ドイツ帝国)は規則の不備を理由に従わなかったらしい。
そこにドイツ船籍の「へスペリア号」がコレラ流行国だった清国から直で、神戸港に入ってきたものの、日本は本規則をもって「へスペリア号」に神戸港沖に留めた。
へスペリア号の船長は勝手に東京に船を回してしまい、政府は仕方なく横須賀にあった検疫場に向かうように指示した。
へスペリア号では独自の検査を行って、乗組員全員が陰性であるという結果をもって船の即時解放を明治政府に迫るも、入れられず、ドイツ側と国際問題に発展してしまった。

日本は外国からの感染症に幾度も見舞われている。
その経験も豊富なのに、風評やデマゴーグにはなかなか勝てない。
病の恐ろしさよりも、そちらの「パニック」の処理に困惑してしまっている。
情報リテラシーが、日本人には乏しいのも大きい。
また現場の混乱は、強力なリーダーシップが脆弱だということの裏返しだ。
もちろん新しいことなので、失敗を恐れていては後手に回る。
やれることは全部やるという姿勢は大事だ。
保身や姑息がいちばんいけない。
中国政府は「隠蔽」しようとし、病気を蔓延させた。
もともと、共産党政府が人民の不満をもっとも恐れるのは、それが政府の「アキレス腱」を切ろうとするからだ。

開高健の『パニック』もそこを衝いて、私たちの心に潜む「弱虫」に気づかせてくれるのだった。

私は、引きこもって、この国の行く末を見守ろう。