この絵本はね、私が初めて読書感想文なるものを書かされたときの本です。
実はなくしてしまって、また買ったのですよ。
それは小学校三年生か四年生くらいだったと思う。
私は当時、本と言えば図鑑しか読まないような子で、物語などとは無縁な小学生でした。
せいぜい「こくご」の教科書に出てくるお話『チックとタック』(千葉省三)とか『白いぼうし』(あまんきみこ)『スーホの白い馬』(絵:赤羽末吉)『きかんしゃやえもん』(阿川弘之)くらいしか知らない。

で、親にねだって自分で選んだ本がこれなんです。

あおい目のこねこ

当時はケース入りだったのですが、今日届いたのはカバー付きで箱なしの軽装になっていました。
でも中身は当時のままで、なつかしいったら…
小学生の私がどんな感想文を書いたのか、もう思い出せませんが、この物語を再びこうして手に取って読んでみると、なるほどこの「こねこ」の冒険譚は、雄大なフロンティア精神に満ちているなぁと思うのです。
その頃の私にそのようなものを感じていたとは思えませんがね。
日本人には書けない話なんですよ。
作家(絵も)のエゴン・マチーセンはデンマークの男性で、1976年には亡くなっていました。
私がこの本を読んだときはもう晩年にさしかかっていらしたのですね。
不思議な縁を感じます。
訳者の瀬田貞二氏は児童文学ではつとに有名な方です。
『ナルニア国物語』や『ホビットの冒険』の作者と言えばわかっていただけるかと思います。

あおい目をしている主人公のこねこは、おそらくシャムネコのことでしょうし、マチーセンさんが飼われていた猫がモデルのようです。
この絵がまたなんともかわいい。
私は絵が気に入ってこの本を買ったんです。

絵本にありがちな「繰り返し」のパタンや、その繰り返しが飽きるころに「転」を持ってくる語りの巧みさ、子供を飽きさせない工夫が随所に見られます。
大人になって児童文学に興味を持ち始め、京都児童文学会に参加するようになり、こういったことを他の作品にも見出すことができ、『あおい目のこねこ』はその中でも秀逸な作品です。
こねこが途中で投げ出さずに、最後まで「ねずみの国」を探し求めるけなげさに、読むものは打たれる。
そのモチベーションの維持は、幼年者にもよくわかる「空腹からの脱却」なんですね。
お腹がすいている「こねこ」が果敢に、あきらめずに「ねずみの国」をあてどなく探す、ある意味無謀な冒険に、私たちはひきこまれるのです。
だって、このままではお腹がすいて死んでしまうから。
子供でも分かりやすい展開は、児童文学の基本中の基本です。
飽きさせないジョークの味付けが憎いほどで、マチーセンのセンスが効いています。
「仲間はずれ」や「恐怖」も飽きさせない仕組みとして取り入れられ、「あおい目」がマイノリティになっていること、それが引け目ではなく自信になること、最後には尊敬を勝ち取ることなど、行動することの重要性を説きます。
「みんなと違うこと」が子供にとって「だめなこと」になってしまいがちですが、そうではない、個性とはもっといいものなのだということをこの物語は教えてくれます。
なにも「あおい目」がすぐれているわけではないのです。
「あおい目のこねこ」が前向きで、困難に立ち向かうことが大事なことなんです。
障がいや、人種、肌の色、目の色、髪の色、男か女か、国籍がどこかなどで引け目を感じることはない、大切なのは自分を信じることだ。
「私は私」この精神をさりげなく猫に仮託してエゴン・マチーセンは私たちに教えてくれたのでした。
もちろん、その後の私にとって、進路を決める時に『あおい目のこねこ』が後押ししてくれたことは間違いありません。