挹婁(ゆうろう)という民族が沿海州付近にいたそうだ。
彼らはのちの、勿吉(もっきつ)や靺鞨(まっかつ)、女真(じょしん)という部族の祖先でもあるらしい。
挹婁の先祖は『日本書紀』にも見える「粛慎(しゅくしん)」であろうと言われる。

『三国志』や『後漢書』にも挹婁は見え、その歴史の古さもさることながら、非常に特異な習俗を持っていて、中国の人々にも興味を持たれていたようだ。

まずなんといっても、おしっこで顔などを洗うという風習だろう。
彼らは地中に穴を掘って住み、その深さを競った。
つまり深い程、「家」が立派なのだ。
寒い地方なので、どうしても穴に住む方が温かいらしい。
それはそれでいいのだが、その穴の部屋の中央に入れ物を置き、そこに家族の小便を溜めるのだそうだ。
それを洗顔などに使うらしい。
ほかにも使うのだろうか?それはわからない。
アンモニアが洗浄効果を出すので、科学的に理にかなっていそうだけれど…
この風習はずっと受け継がれ、靺鞨族もそうして顔を洗っていたそうだ。

このことだけでも中国人は嫌悪し書物の中で、「世の中で挹婁ほど不潔な種族はいない」ど決めつけている。加えて「口噛み酒」を醸すという風習もあったようだ。

「まれに見る汚い種族」などと書きながらも、挹婁がもたらす貂(てん)の毛皮は重宝され、高価で買い取ったとされ、挹婁族の主な輸出品であったそうだ。
その貂の捕まえ方も独特で、部族で死者が出たら、その遺体を放置し、そこにたかる貂を捕獲するというのである。
その時の矢が、挹婁独特の毒矢であり、彼らはかならず目を射抜くというくらい弓に自信を持っていた。
彼らは寒い地方の生活にもかかわらず、着衣は粗末で、イヌやイノシシ、唯一の家畜の豚の毛皮で下半身を隠しているだけだそうだ。
近年の発掘でも、彼らの生活跡から出土する骨は魚介以外に、イヌ、ブタであり、牛や羊は皆無だったそうだ。
ブタは重要な家畜だったらしく毛皮以外に、豚脂を厚く体に塗りつけて、寒さをしのいだという。

婚姻は妻問い婚であり、男性が女性宅に訪問し、婚儀が成立すると新郎は新婦の乳房を触るらしい。
意味不明である。

子孫の靺鞨や女真族は日本にも来寇し、乱暴狼藉を働いたと『小右記』や『大鏡』にも記録がある。
元寇より前に、何度も対馬や壱岐、北九州が彼らに襲われ、大宰府が出張っていたらしい。
日本の被害ははなはだしく、大宰府も手を焼いていた(刀伊の入寇事件)。
高麗が日本人を助けて、日本に送還してくれたらしいが、朝廷がいぶかしんだとも書いている。
実は高麗も女真族にやられっぱなしで、手を焼いていたのだが、撃退し、囚われていた日本人を保護してくれたらしい。
平安の朝廷は、その丁寧な扱いに「シタゴコロでもあるんじゃないか?」と思ったらしい。
いつの時代も外交はむずかしいものだ。

女真族はのちに「満州族」と呼ばれる人々であり、朝鮮半島の付け根から沿海州の広い範囲に分布していた。
朝鮮半島で犬を食べる習慣も、どうやら彼らから受け継いだものかもしれない。