きょうのN響で武満徹の特集があった。
彼は1996年に亡くなっているが、私はその頃「現代音楽」を、当時勤めていた会社の先輩から勧められていて、その中に武満徹の作品があった。
学生時代に聴いた「死んだ男の残したものは」が彼の作曲であることを知ったのもこの時だった。

今日の番組では、生前の岩城宏之がタクトを振った録画が流された。
曲目はあの「ノヴェンバー ステップス」だ。
武満の名が世界に認められた交響曲であり、レナード・バーンスタインが涙して絶賛した名曲である。
日本の楽器、尺八と琵琶とオーケストラのセッションである。
奇をてらったとか、そういう下馬評もあったけれども、聴けばまったくそんなことはないどころか、日本の風光、湿度までも感じる環境に身を置いているような優しい気分になる。
武満は和楽器というか日本独自のものを避けていた。
それは戦争体験にある。
彼は戦時中は中学生ぐらいで工場動員で国のために働いた経験と、敗戦によって正反対の教育を受けて日本的なものに嫌悪感を隠せなかった。
戦争中に聴いたシャンソンが彼の根底にあったという。
あの優しい旋律、強がらない、軍歌にはない、気持ちをそのまま歌に込めるシャンソン。

そんな武満が和楽器に向き合うようになった心境の変化はなんだろう?
やはり日本人の血が和楽器の音色に共鳴するのだろうか?
思えば、軍国主義と和楽器には何の関係もないのである。
そのわだかまりを、武満は克服したのだろう。

現代音楽に分類される武満だが、彼の作曲は多岐にわたり、旋律否定のものばかりではない。
また作詞作曲も手掛けてもいる。
最終的には「うた」に彼の指向は収束していったようだ。
人間は歌う。
人に備わった「楽器」が声である。
古来より、人は「歌う」ことを楽しみ、また悲しい時、つらい時にも「歌う」ことで切り抜けてきた。
だからこそ、軍歌が人を鼓舞し、悲しい末路をたどらせたこともあった。
あの古関裕而が自分の作曲で、若人(わこうど)を死地に追いやってしまったことを悔いて、音楽を捨てようとした気持ちもわかるだろう。
武満は古関よりも若かったけれども、音楽の力を信じた人だ。
この二人が、音楽と出会った経緯が似ている。
貧しくて、ピアノに触れることができなかったそうだ。
武満は「紙鍵盤」でピアノを練習したと言い、西洋音楽については古関と同様、まったくの独学だった。
それが世界的な音楽家に成長するのだから、才能とはすばらしいものだと改めて思う。
「好き」で「あきらめない」というだけで、何とかなるのである。
人に感動を与える仕事として、音楽家は時代の寵児なのだ。