ボロディンという作曲家の手になる『イーゴリ公』を私は観たことがないけれど、その中の『韃靼人(だったんじん)の踊り』は聴いたことがある。



おそらく皆さんもお聞きになったことがあるだろう。
だいたい「韃靼人」とはどういう人々なんだろう?
確か、高校の世界史で「タタール人」とかいう人々のことだと聞いたことがある。
「タルタルソース」とか「タルタルステーキ」という「タルタル」とは彼らに因むとも教わった。
※現在の中国にいる少数民族の「タタール族」は韃靼人の子孫ではないそうだ。

生協で食材を取り寄せるようになってから「韃靼そば」なる乾麺があることにも気づいた。
見れば普通の「和そば」に見えるのだが、まだ買い求めたことがない。
やはりモンゴルの草原に生えるソバの仲間で、その実を粉にして作ったソバを「韃靼そば」と言うのだそうだ。

「韃靼人の踊り」は正しくは「ポロヴェツ人の踊り」で、歌劇「イーゴリ公」の第二幕にあるという。
だいたい演奏されるのは「韃靼人の踊り」だけを取り出した12分ほどの交響楽になっている。
イーゴリ公という領主がポロヴェツ人(韃靼人)から領地を守るために、闘うという話だが、イーゴリはポロヴェツの捕虜になってしまうのだった。

そんなことよりも、この歌劇を作曲したのがアレクサンドル・ボロディン(1833~1887)という帝政ロシア時代の作曲家だったことに意義がある。

なぜなら、ボロディンが「化学者」だったから、私はとても親しみを覚えるのである。
彼は、医師であり、化学でも業績を残した異色の作曲家なのである。
サンクトペテルブルク大学の医学部を卒業して、陸軍の軍医として勤務するかたわら、イタリーのピサ大学(ガリレオ・ガリレイも教鞭をとった名門)で化学を修めたらしい。
その間に、大作曲家ムソルグスキーや、元素周期表を構想したメンデレーエフとも交流して、音楽と化学にどっぷりと浸った生涯を送るのである。
ボロディンの確立した有機窒素定量法はこんにちでも重要な手法として伝わっている。またハロゲン化アルキルの合成法としてのボロディン反応に名を残している。
私は大学時代にこのことを知って、とても感銘を受けた。
天賦の才能を受けた人が、ここにもいたと。

ボロディンの死によって、悲しいかな、歌劇「イーゴリ公」は未完の大作となった。
後を引き継いだリムスキー・コルサコフらによって完成を見る。