園部吉通(よしみち)は、夏休みのある日、課題図書を返しに友人の小倉孝一の家に行った。
読書感想文を書くために、現代国語の森田昭(あきら)先生が何冊かの課題図書を紹介したのだった。
もちろん課題図書以外に自分で選んだ本を読んで感想を書いてもかまわない。
吉通は、課題図書のうち、島崎藤村の『破戒』を孝一が持っているというので借りたのだった。
それも読み終え、感想文も書き終えたのでさっそく本を返しに来たわけだ。

植栽が塀の上からはみ出し、孝一の瀟洒な洋風の家の周囲はうっそうとしていた。
大谷石の門柱に埋め込まれたチャイムを鳴らすと、しばらくして玄関の扉が空き、女の人が顔を出した。
「こういち君はいますか?借りた本を返しに来たんですけど」と吉通はその女性に伝えた。
「あら、孝一なら、昨日からあたしの実家のほうに泊りがけで出かけていますのよ」
「そうですか。借りた本を返しに来たんですが」
吉通が帆布製のショルダーバッグから取り出した文庫本を差し出すと、その母親と思しき女性がつっかけで表に出てきて門扉を開けてくれた。
「あなた、お名前は?」「園部と言います」「そのべ君、上がっていかない?」
ウェーブのかかった長い髪を後ろに束ねて、小首を傾(かし)げ、えくぼを作って誘う女性に、吉通は見とれていた。
「え、あの、ぼく」
「時間あるんでしょ?孝一のお友達だったら、そのまま帰すわけにはいかないわ」
そんなことを言うのだった。
友の「母」であろうその女性に、吉通は孝一の面影を見て取ることができた。
歳の頃は四十半ばという感じか…吉通の母親よりもずっと若く見えた。
孝一は、一人っ子だと聞いていたから、吉通のように兄が二人もいる母親よりはずっと若いはずだった。

薄暗い玄関に入ると、外の熱気とは反対に、ひんやりと心地よかった。
よその家の独特の匂いがあった。
「さ、上がって」「あ、はい」
吉通は、靴を脱ぎ、框を上がって孝一の母親についていった。
「あの、この本…」吉通は借りた本を差し出した。
「あら、『破戒』…こんな本をあの子、持ってたの」独り言のように母親は言って受け取った。
その白く長い指が、吉通に印象付けられた。
彼女も『破戒』を読んだことがあるかのようだった。
凄まじい被差別者の目線で書かれた藤村の『破戒』は、多感な吉通の心を打った。
分厚い本だったが、すぐに彼は読了したのだった。

「そこに座ってくださいな。いま、なにか冷たいものを用意するわ」
「あ、ありがとうございます」
「孝一とは、同じクラスなの?」「ええ」「いつも仲良くしてもらって、あたしからもお礼をいわなくちゃ。アイスティでもいいかしら?」「はぁ、ぼくこそ、孝一君には、いろいろ教わってます。彼、物知りだから…」
「そうなのぉ?うちじゃ、本ばっかり読んでる暗い子だから、お友達もいないんじゃないかと心配だったのよ」
そう言いながら、グラスに入ったアイスティを運んできた。
「さ、どうぞ」
「い、いただきます」
「どうしたのぉ?硬くなっちゃって」「あ、いや、おばさんが、きれいだなって」
吉通の口が思わず滑った。

「まぁ…」目を丸くして赤くなる令子(りょうこ)だった。
孝一の母親、小倉令子は、翻訳の仕事をしており、蔵書が多いのもそのせいだった。
瀟洒なダイニングの壁にも本棚がしつらえてあり、本がびっしりと並んでいる。
その背表紙のほとんどが外国語であった。
孝一が物知りで、本好きなのもうなずけた。
吉通はしかし、友の母親のくっきりと谷間をつくっている、せり出した胸に視線が止まってしまう。
令子は意識してか、ことさら強調するように胸を張った。
その白のブラウス越しの乳房は重そうに、テーブルに乗っかっていた。

「あのね、園部君。君だったらわかるかもしれないけれど…」
「はい?」
何か相談事だろうか?吉通は、女の目を見た。
「孝一がね、ひとりでおちんちんをしごいているのを、あたし…見ちゃったの」
吉通にその意味をわからないはずがなかったが、この品のいい女性の口から出た似つかわしくない言葉に驚いてしまった。
「そ、そうですか、孝一君もするんだ…」「じゃあ…あなたも?」「え?まあ」
図らずも誘導尋問にかかり暴露してしまった吉通だった。
気まずい時間が空間を流れる。
「暑いわね。エアコン入っているのにな」
それは吉通に向かって投げられた言葉ではないようだった。
汗が吉通の背中を伝うのが感じられた。彼はアイスティーを飲み干した。
「あたしね、令子っていうの。令和の令に子供の子って書いて、りょうこって読むの」
今年、日本の元号が変わったのだった。
それで日本中がお祭り騒ぎになっていた。
「そうなんですか…いい字ですよね」取り繕ったように吉通が受ける。
「普段はね翻訳の仕事を家でしてるのよ」
「どうりで、英語の原書がいっぱいだ」吉通が本棚を見ながら答えた。
「もし英語でわからないことがあったら教えてあげるわ」と、吉通の真後ろから声がして、彼はびくっとした。
知らない間に、令子が吉通の座っている椅子の後ろに来ていたのである。
そして、肩に手が置かれ、「園部君、あなた童貞?」とささやかれた。
「…」言葉がなかった。
「童貞」の意味は知っていた。ただ、どうしてこの女性はそんなことを自分に尋ねるのか測りかねた。
令子の手が、吉通のほほを遠慮なく撫でてくる。
生えかけた髭を確かめるように。
ぼんくらな吉通にも、それが「誘惑」であることが察せられた。
とはいえ、友達の母親とみだらな関係を持つことが、許されるだろうか?許されまい。
「あの、ぼく、そろそろ…」ここは逃げだすのが得策だと、吉通は沸いた頭で考えたのだった。
「いいじゃない。あなた、タイプだわ。教えてあげるから、こっちにいらっしゃい」
何を教えてくれると言うのだ?
吉通は、誘(いざな)われるままに椅子から立ち上がり、催眠術にかけられたかのように令子に連れられて行った。
「あたしね、どんな本を訳していると思う?」
「わ、わかりましぇん…」
「成人女性が読む、エッチなお話…」
「はひ、そ、そうなんですか?」
吉通の声が裏返っている。おそらくポルノ小説のことであろうことが、十七の少年にも察せられた。

令子は、仕事柄、外国の赤裸々なポルノグラフィに当てられて、性欲を持て余していた。
熱烈な恋愛で夫、誠治と結ばれ、大学院を出たばかりの二十六のときに孝一を身ごもってしまった。
令子が英文科の学生時代に、アルバイトで美術関係の雑誌社から記事の翻訳を依頼されたときに担当編集者だったのが誠治で、その頃からつきあいがはじまった。
いまでこそ誠治は、清見美術館で抽象画専門の主任学芸員をしているが、性に対しては奔放で、関係した女性の数は枚挙にいとまがないほどのプレイボーイだった。
令子がそんな夫に愛想をつかさないのは、互いの仕事を尊重し合っているからだろう。
「セックスは楽しむもの…あいさつのようなもの」
それが、小倉夫婦のモットーだった。
夫婦にとって、孝一を授かったことはアクシデントだった。
彼らにとって、セックスと生殖は切り離されていたからだ。

「まずはお風呂に入りましょ。汗かいているでしょ」
吉通が連れて行かれた場所は、小倉家のバスルームだった。
古さはあるが、白を基調とした清潔感あふれる脱衣場で、普通の家のように洗濯機などは置いていなかったから、吉通には、まるでホテルのように広々と感じられた。
鏡は縦長の楕円形で、その中に令子と吉通が肖像画のように収まっている。
「さ、脱ぎましょうよ。こんななりでは何もできやしない」
令子がさっさとブラウスのボタンをはずしていく。
吉通も、汗に湿った開襟シャツのボタンをはずしていった。横目でストッキングを脱ぐためにかがむ令子の、深い胸の谷間を見ている。
その重そうな乳房は、吉通の劣情を掻き立てるのに十分だった。
その証拠に、吉通の学生ズボンの前は異様に膨らんでしまっている。
「あの、ぼく、ほんとにおばさんとしていいんですか?」
「あたしがお願いしているの。いいでしょ?園部君。下のお名前は何て言うの?」
ブラジャーのホックを器用に腕を回して外そうとしながら令子が尋ねる。
肩ひもが緩み、落ちそうになるカップを片方の腕で抑えると、令子の乳房はあふれんばかりに歪んだ。
「よしみち…っていいます。」
「よしみち君ね。じゃあ、よしみち君、これからおばさんが、あなたの童貞をもらってあげるから、おちんちんを見せて」
ズボンもパンツも脱げというのだった。
風呂屋で裸になる場合とはまったくことなるシチュエーションに、吉通はとまどった。
前には半裸の、熟れた女が立っているのである。
そして、もっと大変なことに、吉通は勃起してしまっていたからだ。
ペニスを立たせたまま、人前で、それも女の前でそれを曝(さら)すことに、抵抗を感じない男はいないだろう。

「じゃ、脱ぎます」「ええ。見せてちょうだいな。あなたの立派なのを」
ベルトを解き、ファスナーを下ろし、テントを張ったようなブリーフが現れる。
「すごいわね。もうおっきくして」
「そんなに見ないでください」
「いいじゃないの、おばさん、見たいわぁ」
吉通は、エイとばかりにブリーフを下げた。
撥ねるように飛び出す分身。
「まぁ!孝一より大きい」
令子は感嘆の声を上げる。友人より大きいと言われて、吉通も悪い気はしなかった。
令子も、純白のショーツを取り去り、黒々とした、蒸れて匂い立つような女陰を吉通の前に披露した。
「さ、シャワーでサッと流しましょ」
令子に促されて、窓が大きく切られたバスルームと呼ぶにふさわしい風呂場に足を踏み入れる。
タイルの目地も黒いところは一つもなく、手入れが行き届いていた。
窓の外には、丹沢から続く低い山並みが借景になっている。
「外はね、すぐ崖になっていて、その下は墓地になってるの」
吉通が尋ねてもいないのに、シャワーの温度を見ながら、外の様子を令子がしゃべった。
つまりは、「ここは誰からも覗かれない」ことを暗に知らせてくれているのだろうと吉通は思った。
窓から一見した限りでは、家らしいものも見えなかった。
「こっち来て」
言われるままに彼は令子の前に突っ立った。
シャワーが背中に勢いよく当てられる。
「広い背中ね。たくましいわ」
吉通はただされるがままに立っていた。
「手を上げて。背はどれくらいあるの?」
「170くらいですかね」
「じゃ、孝一と同じくらいね」「そうですか」
孝一の方が、すこし低かったと記憶している。令子は、たぶん160センチくらいではなかろうか?
「ここも、立派」
後ろから手を回されて、勃起を優しく握られる。そして剥けあがった亀頭にシャワーが当てられた。
「孝一はね、まだ皮が被ってるのよ」
「ぼ、ぼくも、普段はそうです」
「あらそうなの?主人は、いつも剥けてるけど」
大人になると、常に亀頭は露出しているものだと、吉通も聞いたことがあった。
「舐めてあげる」
シャワーを止めた令子が、吉通のまえにしゃがんで見上げるようにして、口角を上げてほほ笑む。
なんという妖しい表情をするのだろうか…吉通はぞくっとした。
「よしみち君のは、女の子のおかっぱ頭のようね」
令子はしげしげと亀頭部を見つめながら、ペニスの根本を、指を輪にして締めるようにした。
確かに、そのように見えなくもない。
充血して膨らんだ亀頭部が、ナチスの鉄兜のようだと、吉通自身も思ったことはあった。

令子は、赤い唇を近づけ、その果実のような先端を含もうとする。
ちゅっ…
吉通の目は飛び出さんばかりに、見開かれていた。
温かく、なめらかな令子の口の中に滑り込むように、おのれの肉棒が消えていく。
令子の目は閉じられ、うまい菓子でも味わうかのように口内で棒を舐めしごく。
「うぁ…あぁ」
声にならない声で、吉通も応えた。腹筋がひくつき、背筋がざわついた。
これは危険な信号だった。
心臓の鼓動が激しくなり、息が止まっている。
「あの、おば…さ…ん」
全身に痙攣が走り、どっくんどっくん…としゃくりあげるように腰が動き、ペニスの先から何かがほとばしった。
令子は目を丸くして、口内に噴出する青臭い粘液を受け止めていた。
うっく…げぽ…
ついに耐えられなくなったのか、ぼたぼたと口の端からこぼしながら、令子は萎え始めたペニスを吐き出し、両手で受けた。
それでもあごに伝う粘液が糸を引いて、空色のタイルの上に落ちて行った。
吉通に、痛烈な後悔の念、恥じらいの気持ちが襲ってきた。
もはやそれは紛れもない恐怖感だった。
「ぼくは、なんてことを…」
いつも自分で慰める時に襲ってくる、やるせない気持ちの数百倍も強いもので、この場からとにかく立ち去りたかった。
「おばさん…ご、ごめんなさい」
水道の蛇口をひねって、勢いよく水を出しながら口を漱いでいる令子の背中に吉道は詫びた。
「ううん。気にしないで。初めてなんだから、いいの」
「ぼ、ぼく、帰ります」
「待って、帰らないで」
腕を引かれ、吉通はとどまった。ペニスはだらりと下を向き、陰毛に隠れながら、まだ汚らしいしずくを垂らしている。

「このままじゃ、あたし、つらいわ」
「え?」
その意味が、吉通にはわからなかった。
「あたしだって、気持ちよくなりたいの。よしみち君」
「それは…じゃあ、どうすれば…」
「あたしのお部屋に行きましょ。ベッドで続きを。ね?」
妖艶な目で、十七の青年に媚びる令子だった。
(つづく)