エルネスト・アンセルメ(1883~1969)は指揮者として有名だけれど、数学者から転向した稀代の音楽家としても知られています。
スイス生まれのアンセルメはソルボンヌ大学で数学を専攻し、地元ローザンヌの大学で教鞭をとるほどのバリバリの数学者だったんですよ。けれど、母親譲りの趣味として音楽にも傾倒し、ジュネーブで活躍していたユダヤ人作曲家のブロッホを師として本格的に音楽を学びます。
かつて私は化学者であり作曲家のボロディンをブログで紹介したと思います。
ボロディンは『イーゴリ公』を未完のまま世を去り、なかでも『韃靼人の踊り』は日本人にもなじみ深い作品でした。

このように理系の音楽家がいるというのは、音楽が数学的なのだという理由が成り立つのかもしれない。
その昔、元素がメンデレーエフによって周期律に沿うという考えがなかったころ、バロック音楽は四大元素を奏でていました(ルベル『四大元素』)
太陽系の惑星までもが音楽と密接に関連していると当時の科学者たちも本気で思っていたくらいです。
それほど音階などには規則的な面があり、法則性さえも見いだせる。
楽器は天の声を伝える受信機であり、和声は天の声の代弁だ。
それを多くの人が心地よいと感じ、音楽と宗教は切っても切れない関係を保ち、そこから科学も影響を受けたんです。

アンセルメの話でしたね。
内外小鉄論説委員によるとアンセルメは昔、NHK交響楽団を指揮したこともあったと言っていました。
また、彼は「マーラーを振らない指揮者」だったと言うのです。
日本人がこよなく愛するマーラーの交響曲を指揮しないとは、アンセルメに何があったのでしょうか?グスタフ・マーラー(1860~1911)はオーストリアの作曲家であり指揮者でもありました。
かれはオーストリアの動乱に振り回され、ナチスに追われ続けた不運の音楽家でありました。
アンセルメとマーラーの確執を私は知りませんが、マーラーの人となりは少なからず伝わっています。彼は楽団員に厳しすぎたといいます。
プロとして楽団員の不勉強や怠慢を許せなかった。そういう面で頑固一徹なところがありました。
むずかしい音楽家の一人でした。
ただアマチュアには優しい音楽家で、その協力には労を惜しまなかったともいいます。
つまりプロ中のプロだったというだけで、すばらしい音楽家であることは間違いありますまい。

とすると、アンセルメはマーラーの外聞だけで嫌っていたのかもしれない。
いや、本当はアンセルメに対してプロのマーラーは何か相容れない、譲れないものを持っていて、口汚く罵ったことがあったのかもしれない。
ライバル同士、火花を散らしていたのかもしれない。
そういった頑固者、二人の確執が想像されますが、いかに?