虹(にじ)は、この季節、朝方に見られることが多いです。
この虹について、ある女の子から「なんで虫偏なんですか?」と尋ねられたことがあった。
これについては、私も書道をやっていたので、師範から、だいたいのことは教わっている。

誤解を招きやすいのは、みなさんは昆虫に関するものがみな虫偏ではないかと思っていることでしょうね。
それでも実際に生活していると、虹や蛇、蛙、蛤などおよそ昆虫ではないものでもその漢字には虫偏がついていることに気づきます。
この女の子もそうだったらしい。
彼女は漢字にとても興味を持っていて、漢和辞典が愛読書だといいます。
ただ、そこに書いてあることがよくわからなかったんだね。まだ小学4年生だもんね。

開高健が何かに書いていたけれど、スランプに陥った時、彼は「鳥獣虫魚の本を読みふけ」って過ごすのだとか。
わかるなぁ…
それはそれとして「鳥獣虫魚」という古代中国の生物の分類があります。
漢字を考えた古代中国人は、独特の世界観を有していました。
「天地人」もそうだし、「鳥獣虫魚」もそう。
「森羅万象」なんていう世界観を持っていた。
その人以外の生き物が「鳥獣虫魚」であり、その中で「鳥獣魚」以外の生物はみな「虫」に分類されていました。
だから蛸も蛙も蛇も蛤も虫偏なんだそうだ。
その虫は、その昔、いわゆる昆虫を表すときはこの虫を三つ積み上げて「蟲」と書いたんです。
アンリ・ファーブルが昆虫の定義を唱える前に、中国人は蠢(うごめ)く(これにも虫が入ってる)小さな生き物はみんな「蟲」だとしていたんですよ。
※ファーブルの昆虫の定義は胴体が三つに分かれて、翅が四枚、足が六本だとかいうものでしたね。

蟲の「虫」は、実は昆虫などの虫一般を指すのではなく、この象形文字は「へび」でした。
だから「へび」は「蛇」と書くのですかね。
長虫(ながむし)という言い方が日本語にあります。
蛇を始め、そういった長い気色悪い生き物をこう呼ぶのでしたが、まあ長虫といえば「へび」のことでした。
また「蝮(まむし)」という毒蛇がいますよね。これは元は「真虫」であり、虫の中の虫、蛇の中の蛇という意味らしいです。
中国では、蛇が、実は龍の化身だったという伝説があります。
想像ですから、そう思うのは勝手ですけどね。
龍が蛇に似て、ウロコをまとっていますもんね。

ここからです、虹の話は。
虹は龍がもたらすものだと、信じられていました。
なるほど、天にかかる長い円弧は、龍そのものにも見えるかもしれない。
虫偏は「へび関係」を表すので、だから虹も虫偏なのだということです。
藤堂明保の『漢字源』には旁(つくり)の「工」は貫くという意味があり、「虫(へび)」と「工(つらぬく)」で天を貫く虹を表したと説明があります。

わかったような、こじつけたような話ですね。
私が書道の師範から愛撫されながら教わったのは、ざっとこのような内容です。

蛤にはこんな話もありました。
蜃気楼をご存知ですかね?
あれは蛤があくびをして発生するんだと中国の昔の人は思っていたらしい。
日本にも鳥山石燕(せきえん)が著した『今昔百鬼拾遺』という書物に絵があります。
日本では蜃気楼のことを「貝櫓(かいやぐら)」と呼んでいたらしいことも触れられています。
私が師範から聞いたのは、「蜃」の字がそもそも「大はまぐり」のことなんだと言うのです。
この文字も虫を含んでいますね。
「蜃気楼」が「貝櫓」であるというのは中国の故事をよく知っている江戸期のインテリが字を当てたのでしょうね。

蟲には、こういう話もあります。
たしか『易経』という古典に出てくるんだと思うんだけど。
お皿に食べ物を置いて、放置させ、腐らせるのね。
その虫のたかり具合で吉凶を占うっていう話。
汚い占いだよね。
「蟲」と「皿」で「蠱」という字ができますね。
「蠱惑的」なんて、コケティッシュな女に使うでしょう?
人を引きつけて惑わす様子を「蠱惑的」というんだけど、虫を引き寄せる爛熟した腐りかけの食べ物に例えてんだよね。
一癖も、二癖もあるような、熟女に使うべきで、幼い女には使っちゃいけない。
もうゲテモノですよ。つまりは。
そんな爛熟女と一夜を共にしたら、男は腰が砕けますぜ。
匂うような、毛深い、深情けの、テクニシャン…蠱惑的…
虫が湧いているような女…
サイテーですか?
コドモねぇ、あんた。