漢字の読みは難しいものだ。
ネットで慣用読みと、本来の読みを比較(ひこう)するトリビアが流されていることがある。
※「比較」を「ひかく」と読むのは慣用であり、本来は「ひこう」であるらしい。

その中で「洗浄」を「せんでき」と読ませるものがあったが、これは無理があるだろう。
「洗浄」は、どう読んでも「せんじょう」としか読めず、もし「せんでき」と読ませたいなら「洗滌」と書かねばならない。
「滌(デキ)」を字面から「ジョウ」と読んだことから、「洗滌」が「せんじょう」と読まれ、ついには「浄土」の清げさから「洗浄」と書かれるに至ったのではなかろうか?

私も憶測でものを書いているが、私が「滌」という字に出会ったのは法律の勉強をしていたころだ。
その頃の民法には「滌除(てきじょ)」という用語があった。
現行の民法では「抵当権消滅請求」のことを、昔はこう書いた。
すなわち「滌」は「テキ」もしくは「デキ」と読むべき漢字なのだ。
※抵当権付きの土地建物(不動産)を取得した第三者が、一方的に抵当権者へ一定の金額を支払って抵当権を消滅させるよう請求できる権利を「滌除権」と言った。

「重用」は「ちょうよう」と現在は読まれているが、なぜ、こんな読み方をするようになったのだろうか?
そのまま「じゅうよう」ではいけなかったのか?
本来「重用」は「じゅうよう」と読むべき熟語なのだ。
法律用語に「重畳適用(ちょうじょうてきよう)」というものがある。
複数の異なる法律要件を、ひとつの案件や事件に適用することを言うのだが、これは「ちょうじょう」と読み慣わしていて「じゅうじょう」とは読まない。
こういった法律用語の知ったかぶりをした者が、言説に、こむずかしさを味付けて、偉そうに見せたいから「重用」も「ちょうよう」なんて読みだしたのかもしれない。
はたまた、「重複」は「ちょうふく」でよく、「じゅうふく」と読むのは稚拙であるとか…
それとも「重要」と「重用」が同音異義語なので区別したかったのだろうか?
私に考えられるのはそれくらいだ。

「言質」は政治家が良く使う。
「げんち」である。
こういった言葉に出会わない生活をしている人々は「げんしち」とか「げんしつ」なんて読んで、なおかつ、その意味はというと、さっぱりわからないという語だろう。
「言葉の質(しち)」を取るという意味で、後日「言った、言わない」という争いを避けるべく約束を当事者で取り付けることをいうのだが、「質屋」や「質権」がほぼ死語になっている今日、「言質」なんて言われてもねぇ。
なお「質屋」の屋号で「ヒチ」なんてのが、たまにあるが、これは訛(なま)ってんのかね。

「囲繞」どうだろう?
これも法律用語でしか使わないようだ。
「いにょう」もしくは「いじょう」と読む。
で、その意味は「周りを囲む」である。
隣地使用で問題となる「囲繞地通行権」でこの語が出てくる。
周りを他人の土地や断崖絶壁・水域で囲まれた土地の所有者が、外に出るためにその他人の所有の「囲繞地」を許可を得て通行する権利をいう。
また「囲繞地所有者」は必ず、「袋地所有者」にその権利を行使させてやらなければならない。
※囲繞地に囲まれた、出口のない土地を袋地(ふくろじ)という。

「貼付(ちょうふ)」や「消耗(しょうこう)」も、私は法律から学んだ読みだ。
「印紙貼付欄」とか「心神耗弱(しんしんこうじゃく)」は不動産登記法や刑法に必ず出てくる。
「出生(しゅっしょう)届」やら「兄弟姉妹(けいていしまい)」、「競売(けいばい)」、「遺言(いごん)」も、法律の世界ではこのように読むべきとされていたので、私はそれに倣っている。
べつに「しゅっせい」でも「きょうだいしまい」でも「きょうばい」でも「ゆいごん」でもいいのだけれど。

「輸入・輸出」には、正直、私は参りました。
「しゅにゅう・しゅしゅつ」と読むのが本来だそうだ。全く知らなかった。
「輸」を「シュ」と読むのは、漢和辞典によると「漢音」と呼ばれる読み方で、日本では飛鳥時代に漢字が伝来したころの非常に古い読み方らしい。
よって、長い年月のうちに「漢音」は忘れ去られ、明治に入って字面のまま「ゆにゅう・ゆしゅつ」と読むようになったのだろう。
「輸入・輸出」なんて、開国しないと使わないじゃないですかね。

無線関係で、私は小6の時、電話級アマチュア無線技士(当時)国家試験を受けたわけだけれど、参考書の漢字が読めなかったので、落っこちた。
「自励(じれい)」、「逓倍(ていばい)」、「伝搬(でんぱん)」、「包絡線(ほうらくせん)」、「平衡(へいこう)」…
理系の大人なら、難なく読める漢字かもしれないけれど、小学生の私には荷が重すぎた。

大学に入ると、化学専攻だったので、これまた教科書が古いものを先生がお使いになる。
「賦活(ふかつ)」は、今では「活性化」になり、「乖離定数」は「解離定数」になり、「常数」も「定数」に改められ、教科書は書き込みでいっぱいになってしまった。
「摂氏」や「華氏」、「對數(対数)」、「氣體(気体)」、「壓力(圧力)」などの旧字体にも悩まされた。

漢字は、読めなかったり、間違いを指摘されたときに辞書に必ず当たるようにしないと、覚えられないとは、私が少しだけ京都の小さな出版社に出向してお給料をもらっていたときに、編集長の女性から叩き込まれた。
そして「推敲を必ずせよ」だった。
思えば、大学にいたころの私の文章は誤字だらけで、周りも漢字の間違いに頓着しない人たちだったから、恥ずかしいまま社会に出てきた。
あの編集長に出会わなければ、私はもっと恥ずかしい文章を書いていただろう(いや、まったく書かなくなっていたかもしれない)。