丘のうなじ        大岡信

丘のうなじがまるで光つたやうではないか
潅木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに

こひびとよ きみの眼はかたつていた
あめつちのはじめ 非有(ひう)だけがあつた日のふかいへこみを

ひとつの塔が曠野(こうや)に立つて在りし日を
回想してゐる開拓地をすぎ ぼくらは未来へころげた


凍りついてしまつた微笑を解き放つには
まだいつさいがまるで敵(かたき)のやうだつたけれど

こひびとよ そのときもきみの眼はかたつてゐた
あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを

こゑふるわせてきみはうたつた
唇を発つと こゑは素直に風と鳥に化合した

火花の雨と質屋の旗のはためきのしたで
ぼくらはつくつた いくつかの道具と夜を

あたへることと あたへぬことのたはむれを
とどろくことと おどろくことのたはむれを

すべての絹がくたびれはてた衣服となる午後
ぼくらはつくつた いくつかの諺(ことわざ)と笑ひを

編むことと 編まれることのたはむれを
うちあけることと匿(かく)すことのたはむれを

仙人が碁盤の音をひびかせてゐる谺(こだま)のうへへ
ぼくは飛ばした 体液の歓喜の羽根を

こひびとよ そのときもきみの眼はかたつていた
あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを

花粉にまみれて 自我の馬は変りつづける
街角でふりかへるたび きみの顔は見知らぬ森となつて茂つた

裸のからだの房なす思ひを翳(かげ)らせるため
天に繁つた露を溜めてはきみの毛にしみこませたが

きみはおのれが発した言葉の意味とは無縁な
べつの天体 べつの液になつて光った

こひびとよ ぼくらはつくつた 夜の地平で
うつことと なみうつことのたはむれを

かむことと はにかむことのたはむれを そして
砂に書いた壊れやすい文字を護るぼくら自身を
   
男は女をしばし掩(おお)う天体として塔となり
女は男をしばし掩う天体として塔となる
   
ひとつの塔が曠野に立つて在りし日を
回想してゐる開拓地をすぎ ぼくらは未来へころげた
   
ゆゑしらぬ悲しみによつていろどられ
海の打撃の歓びによつて伴奏されるひとときの休息
   
丘のうなじがまるで光つたやうではないか
潅木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに


もうすぐ「なおぼん」が亡くなって一周忌になります。
これからも「なおぼんR」は書き続けるでしょう。

この「丘のうなじ」は「なおぼん」の好きな大岡信さんの詩です。
奇しくも先日、大岡さんも亡くなられました。

男女の交わりを崇高に謳いあげた詩のように思えます。
つましい男女の生活が「質屋の旗のはためきのした」に現れています。
「火花の雨」は戦火でしょうか?
必死で生きる男女がそこにいます。
そして生(せい)を確かめるように体を預け合います。
「ぼくは飛ばした 体液の歓喜の羽根を」
わかりますよね。

「ゆゑしらぬ悲しみによつていろどられ 海の打撃の歓びによつて伴奏されるひとときの休息」

その後、彼らはどうなったのだろう?