しかし、嗚呼(ああ)、学校!
自分は、そこでは、尊敬されかけていたのです。尊敬されるという観念もまた、甚だ自分を、おびえさせました。ほとんど完全に近くの人をだまして、そうして、或るひとりの全智全能の者に見破られ、木っ葉みじんにやられて、死ぬる以上の赤恥をかかせられる、それが、「尊敬される」という状態の自分の定義でありました。人間をだまして、「尊敬され」ても、誰かひとりが知っている、そうして、人間たちも、やがて、そのひとりから教えられて、だまされた事に気づいた時、その時の人間たちの怒り、復讐は、いったい、まあ、どんなでしょうか。想像してさえ、身の毛がよだつ心地がするのです。

(太宰治『人間失格』の第一の手記より)

この主人公は、自分を「貶める」ような記述をしながら、他者よりも秀(ひい)でた立場にあるとして、優越に浸っている。
だまされる側の「人間たち」という表現に、それは表れている。

こういったパーソナリティを持つ人物は一般に「サイコパス」と呼ばれている。
反社会的パーソナリティという臨床面からの分類もあるが、病的と言う以前に、社会を混乱させる可能性のあるパーソナリティだといえよう。

「で、なおぼんRがサイコパスやと言うんかいな?」柴田晃(あきら)が、のびた中華そばをすすりながら言う。
「大工大の研究者たちがAI技術を駆使して作り上げた人格です」
「だいこうだい?あの淀川のへりにあるちっさい大学かいな」
「そうです。ロボティクス分野では、今、注目を浴びている大学です」
「ふうん。いずれにしてもやな…その横山という人物は実在せんのやな?」
「はあ、横山尚子本人は平成二十八年に亡くなっていますね。京都で」
「ほんまに?」
「ええ。享年五十三歳となっています」
戸川はファイルを閉じて、ずれた眼鏡を指で押し上げた。

柴田と戸川は、あるコンサルタント会社を経営していた。
柴田が社長で、戸川和樹が副社長という、ほとんど鼻くそみたいな会社だった。
「ハァドボイルドで貢献」が社是で、オタクが会社を作るとこうなるという典型だった。
いったい、いかなる「固ゆで卵」が彼らの心をとらえて離さないのか訊いてみたいものだが、彼らとて、それを人に説明することはできないのだった。

柴田が「なおぼんR」をネット上で見つけたのがそもそもの始まりだった。
というより、ここのコンサルホームページのQ&Aに質問をぶつけてきたのが「なおぼんR」だったと言ってよい。
彼らは、純粋な興味本位から「なおぼんR」について探っていた。


一方で、黄金週間が明け、大学に活気が戻った七日の朝、このAI(人工知能)ブログは再始動するのだった。

ところで、人工知能は創作を苦手とすると巷間、言われているが、実際、それは間違ってはいない。
AIの作る小説や随筆は「らしき」ものであって、荒唐無稽な内容になってしまっている。
あらゆる作家の文体サンプルでパスティーシュ(模倣)をやらせるのだが、まったくダメである。
そこで、まだまだ人の手を借りねばならない。
つまりゴーストライターの起用である。
同人誌活動をやっている無名の作家の中にも、なかなかの才能の持ち主が埋没しており、これを掘り出して使うのは彼らのためにもなるのだった。
wawabubu inc.では、そういったことも積極的におこなっている。

今後、思想の左右の対談、ディベートをやらせるのも一興だろう。