回は浅いけど、一死一塁、あたしは送りバントの指示を瀬尾監督から得てバッターボックスに向かった。

背番号「8」ライト、横山尚子
常盤アローズのたった二人の女子の一人。

前もこんな場面があって、スリーバントでアウトになった。
あたしはダメ元でヒッティングを監督に申し出た。
一塁ランナーは足の速い四年生の久保君だ。
バントが成功すれば走ってくれる。
下手なバントでも一塁側に転がせれば、フォースアウトは免れる。
一点を追いかける立場だから、手堅くいきたい気持ちはあたしもおなじだった。

「エンドラン」ができればな…

「プレイボール」主審の声が響く。
あたしはバットをバントに構えた。
寺町ジャガーズのピッチャー岸辺は、小学生にしては背の高い子だった。
眼だけがぎょろぎょろした怖そうな子…
あたしが、女だと思って舐めているのは見え見えだった。
最初のバッターボックスの時もそうだったから。
一球目、振りかぶった投球はストレートだった。
外一杯に入ってストライクを取られた。
高めに来れば、外角であろうが内側だろうがバットに当てるつもりだった。
「つぎはカーブかな、スライダーかな」
あたしは、少ない経験を総動員して読んだ。
二球目、外に外れた。
キャッチャーの要求は外じゃないのに…
あたしは、すこし安堵した。
岸辺君も安定していないのだ。
三球目は緩いカーブだった。
打ってくださいというような…
あたしはバットを押し出し球に当てて、勢いを殺して一塁線に転がした。
バットを投げ、夢中で走る。
ヘルメットが大きいので視野が狭い。
ピッチャー岸辺が球を拾って、あたしの目の前のファーストにトスしてあたしはアウト。
久保君はまんまとセカンドにたどり着いている。
バント成功だった。
ベンチに戻ると、監督が「なおぼん、ようやった」とほめてくれた。
ネクストバッターはあたしたちのエース六年生の上田哲也さんだ。
彼なら、二塁ランナーを返してくれるだろう。

かくして、上田さんは岸辺から初球をピッチャー返しで彼の股をすり抜けさせ、センター前に早い打球を飛ばしてくれた。
すでに久保君の俊足は三塁を蹴って、ホームベースに向かっていた。
センターから帰ってきたボールはずいぶん遅れてキャッチャーミットに収まった。
「これで同点や」
あたしたちは、勢いづいた。
次のバッターは、もう一人の女子、田島優子ちゃんだ。
女の子なのに、すごく守備がうまくて、セカンドを任されている。
バッティングも男の子顔負けに飛ばす力を持っているのだ。
監督が優子ちゃんを呼んでなにか耳打ちをした。
「はい」
彼女は元気な返事を残してゆっくりとバッターボックスに向かう。
上田さんが二塁にまで達しているので、監督は優子ちゃんに「思い切って行け」と言ったに違いない。
敵の岸辺投手は二塁にランナーを背負っているせいか、落ち着きがない。
キャッチャーも二塁で刺してやろうと、バッテリー自体が浮足立っている。
上田さんのリードが挑戦的なのだ。
敵のセカンド、ショートが右に寄っている。
あきらかにヒットエンドランを警戒しているのだ。
「あ!」
岸辺投手が二塁けん制に出た、ショートが二塁ベースカバーに入るが後逸。
セカンドが捕球してサードに投げようとするがモーションのみ。
ゆっくりと上田さんが三塁に進塁したわ。
これで優子ちゃんは楽になった。
敵も「一点献上」はやむなしという感じだった。

前進守備でバックホーム体制に相手チームはシフトしている。
打たせて取りたいところだろう。
ストレートを二球続けて、三球目の外したはずのスライダーを優子ちゃんは振りぬいてレフトへ引っ張った。
三塁側のあたしたちのベンチは沸いた。
まだチャンスが続く…

あたしのリトルリーグ時代の思い出が、センバツを観ていると昨日のように鮮明に目に浮かぶ。

あたしはあのころ輝いていた。

大阪桐蔭、優勝おめでとうございます。