開高健は、お酒も強かったけれど、タバコにも一家言あった作家だ。
『地球はグラスのふちを回る』(新潮文庫)という彼のエッセイ集に「ちょっと一服」という章がある。
この本自体、どこから読んでも開高氏のエキスが湧き出てきて、時間を忘れさせてくれるのだけれど、わたしはそれをトイレで読んでいる。
決して時間を忘れたいがために持ち込んでいるのではないんだけど。

このご時世、タバコをたしなむなど、人間扱いされませんので、こういう文章は「いい時代の話」として鑑賞するほかない。
昔、ヒロポンが合法だった時代もあったのにね。
私の父など、ガラスの注射器で腕に自分で打ってました。
自分で注射するっていう事実が、当時、手塚アニメの『ビッグX(エックス)』と重なって…「お父ちゃん、大きくなるんか?」と訊いたことがあった。
そのとき父がどう受け答えしたのかは思い出せません。

開高さんの話に戻しましょう。
「タバコの楽しみの一つは火をつけることにある」と言います。
だから、こちらから吸う用意もできていないのに、スナックのママさんなどがダンヒルかなんかのガスライターで火をつけて待ってらっしゃる。
せかされてタバコを一本くわえる間(ま)に、もたもたしていると、ガスがもったいないのか、ママさんはライターを閉じて、再び火をともす…気まずいひと時。
こういう「あなた任せ」で愛煙家は、タバコを飲みたくないのだ。
間(ま)が大切なんだと開高さんは言いたいのだろう。
その点、オイルライターはいいとおっしゃる。
ガスライターのように火がつく前にシュウシュウとガスの出る音がしないから、せくこともない。
というわけでZippoが登場するんです。

Zippo family
あたしのZippoの一そろいです。
オイル(暑くなってきた今は冷蔵庫の野菜室に入れている)、替えのフリント(火打石だね)、そして本体。
ほかにもメンテ用の品々があるらしいけれど、あたしは持っていない。

my Zippo
大学生のころ、いきがってLARKなんかをフカしていたときのものです。
化学実験のガスバーナーに点火するのもこのZippoだったなぁ。
男の子たちも普通に持ってたし。
構内はいたるところに灰皿が設けられていて、今じゃ考えられない最高学府の環境でしたよ。
教授たちもヘビースモーカーだったからね。
「なんや、横山くんも吸うんかいな」といって、自分のタバコのついでに助教授が火をつけてくださったこともありました。
雀卓には山盛りの灰皿…いい時代。
帝大生は、下駄ばきで、みなタバコを吸ってるというのが、あたしのイメージでした。
今の学生みたいに、勉強ばかりの青ひょうたんじゃなくってね、指がヤニで黄色くなっていても、お勉強はできたんですよ。
偏差値もどうもこうもなくって、学生時代にちゃんと女と麻雀を覚えた彼らでした。

「デザインと性能と"味"で感心するのはジッポのライターである。あれはジープなみに油を食うけれど、ジープなみのグッド・デザインである。百発百中。しかもどこか間のぬけた、お人好しの愛嬌があって、暖かいのである」とは、開高氏の感想。

「ごくごく稀にあれを使っている人に出会うと同志を発見したような気がする」んだそうだ。

あたしも「同志」だね。そうすると。

結局、危険物を扱う仕事に就いたので、フカしているだけのスモーカーだったあたしはきっぱりとタバコと縁を切った。
火事が怖いからね。健康なんてどうでもいいのよ。
火事はだめ。命と財産をいっぺんに失うからね。
金閣寺や法隆寺が火災に遭って、取り返しのつかない損失を被ったでしょう?

それでもZippoは手元にあって、たまに磨いている。
そうそう、アルコールランプを買ったんだよ。
それの点火用に使っている。
サイフォンでコーヒーをたてるときには、Zippoが活躍して雰囲気を演出してくれるんだ。