海図150年記念切手が今年の三月に発売された。
私は、切手蒐集の趣味はないのであるが、この切手には興味があった。

海図150年記念切手50%
まだ郵便局に行けば売っているはずである。
このシートの両サイドに150年前の釜石港付近の海図と、現在の釜石港付近の海図が同縮尺で描かれているので比較すると面白い。

海図150年記念切手過去海図150年記念切手現在
150年前の釜石港はリアス式の湾であり、人工的な部分はない。
ところが現在は「鎌崎」の南側の海岸は埋め立てられ、直線的な海岸線になってしまっている。
この埋め立て地に岩手大学や水産技術センターが立地している。
また鎌崎の中央には「釜石大観音」が建立され、真っ白な仏様が海の安全を祈っていらっしゃる。
東日本大震災の被害で、釜石港は壊滅した。
そして新しく復興を遂げたのである。
この150年は海図にとっても、釜石にとっても波瀾万丈だった。
私は「新日鉄釜石」でしか、その名を知らなかった。恥ずかしい限りである。

次に、シート中央の切手をご覧いただきたい。

海図150年記念切手天測器具
近代航海の「航海機器」である。
上が「六分儀(セクスタント)」、下が三桿分度器(さんかんぶんどき)、右の釣り鐘状のものが「測鉛」(ハンドレッドライン)である。
六分儀は水平線に合わせて、そこを基準に天体の見かけの高さ(南中時刻の)を測定して緯度を割り出す精密機械である。元は四分儀から、八分儀を経て六分儀となったようである。

三桿分度器とは、海の上で三つのランドマークを見つけ、三桿をその延長に合わせ、交点が現在位置となることを海図と照らすための器具である。
三桿分度器
三桿分度器英国
このようなものである。
真ん中の円環に360度の目盛りが刻されている。その円環の中心に三つの尺(三桿)が遊動するように留められている。
この器具がなくても、海図上で三角定規や分度器、羅針盤、ディバイダなどを使ってもできるので、今では骨董品扱いであろう。
測鉛は今もヨットマンなどは使っているはずで、アマゾンでも売っている。
あの鉛の錘(おもり)は底が平らになっていて、中央に貫通していない穴があいている。
そこにグリースなどの水に溶けない粘着性の物質を詰め込んで、甲板から垂直に海面下に落とし、海底に着いたときを手で感じてその引き出されたロープの長さで深さを測るのだ。
そして、引き上げた錘の底面を見て、グリースに付着した土壌から砂地だとか、泥だとかを知るのである。
ヨットは、復元力を持たせるためにセンターボード(センターキール)がかなり深く張っているので、座礁し易いから測鉛は必需品なのだ。

こういうものを愛でていると、遠い海のかなたに夢を馳せてしまう。
船に酔うくせに、海の香りを嗅ぎたくなり、「横浜に生まれたらよかった」などとうそぶくのである。

そういえば『さかしま』(ユイスマンス)の主人公デ・ゼッサントも海事趣味が高じて、部屋を船室のようにしつらえていたようだ。
彼の隠れ家は海から遠く、パリの西、フォントネー・オー・ローズにあったという。
閑静な、パリの喧騒から離れた場所だったらしいが、今はかなり都会である。
フォントネー・オー・ローズからはボナールという日本びいきの画家が出ている。
彼はセザンヌに師事し、ジャポネスムにかぶれて、掛け軸のような細長い絵をいくつか遺しているし、色使いも日本の琳派などの影響を受けているように見える。

美術館にも行きたいが、このご時世ではそれも許されまい。

なおぼん艦隊の艦橋から見える景色は、曇っていた…