結局、おれは陽炎のパァチィとやらには行かなかった。
小正月も過ぎ、おれの兵役が終われば、もうすぐ開校するとうわさの工学校に進もうと漠然と思っていた。
相も変わらず、おれは親のすねをかじってぶらぶらの毎日だった。
親父もおれの将来には全く関心がない様子だった。
「社会主義者にだけはなるな」と釘をさされたが、それ以外に注文を付けることはなかった。


節分の前に、陽炎ののれんをくぐる気持ちになった。
「やあ」
女将が火鉢の前で寒餅を焼いているところだった。
「あら、ちょいとご無沙汰じゃございません?若旦那」
「若旦那はよしてくれやい」
「ふふふ。兄(あに)さん、小雪ならいますよ」
「そうさな…今年になってまったく呼んじゃいないからな。ひとつ呼んでもらおうか」
「はいはい。ねえ桐壺ちゃん、小雪ちゃんにお客さま」
帳場の奥で「茶を挽いて」いる桐壺の背中に女将が呼ばわる。
桐壺は無言で立って二階へ上がっていった。
桐壺も今年で二十八だ、年増の仲間入りといってもいい。
十八から客を取ることが普通の廓(くるわ)では、桐壺はもう十年の年季があることになる。
常連はいても、一見(いちげん)客は桐壺を呼ばない。
特に軍人は若い子ばかりを指名する。

そうだ、あいつも兵隊だったな…おれは小雪がしなだれかかっていた相手を思い出した。

しばらく、上がり框で待たせてもらうと、豊丸が顔を出す。
「あら、兄さん」
「おう」
「今日は、小雪ちゃん?」
「まぁな」
「ごちそうさま」
そう言って引っ込んだ。

二階から、桐壺に伴われて小雪がトントンと階段を下りてきた。
「お兄さん、こんばんは。ご無沙汰してます」
慇懃にそう言うところが、嫌味に聞こえたのはおれだけだろうか?
「ああ、もうちょっと早くに来ることもできたんだかが、いろいろと野暮用があってね、今日になっちまった」
「でも、うれしいわ、さ、上がってくださいな」
「うん」
「おかあさん、お銚子二つと…いつものお寿司で。いいでしょ?お兄さん」
「ああ」
女将さんは「はいよ」と、かき餅を頬張りながら、電話を取った。

二階に上がり、おれたちは、奥から二番目の部屋に入った。
火鉢の鉄瓶はしゅうしゅうと音をたてて湯気を吐いている。
外は冷えていたが、なるほど、ここは暖かい。
どうやら小雪がここで横になって休んでいたようだ。
「どこか具合でもわるいのかい?」
「暮れから、熱っぽくって」
「医者には診てもらっているんだろ」おれは衣紋掛けに外套をかけ、自分の家のようにして火鉢の前に坐した。
「咳も少し。ごめんなさいね、お兄さん」
「いたわりなよ。胸の病(やまい)は死病だからな」

おれは火箸で炭をつまみ、くわえた敷島に近づけ火を移した。
吸い口から吸うと、煙草の先が赤くいこった。
ぱさり…
小雪が着物を落とした。
まだ銚子が来ないうちに、小雪が誘っている。
「お兄さん、来て」
「もうかい?」
「抱いて」
おれは、かっと頭に血が射すのを覚えた。
自分の着物も脱ぎ棄て、股間のさらしも落として、素っ裸で小雪にのしかかった。
「こゆき…」
「兄さん…」
「お前、岩船神社で男と一緒だったろ?」
「え?初詣の日のこと、お兄さん、見てたの」
「ああ」
「いやだわ。なんでもないのよ。あの人」
「そうかい?昵懇そうな様子だったが」
「強引なのよ。あの人」
「客だろ?」
「ええ、まあ」
「よかったか?やつは」
「よして、そんなこと言うの。兄さんらしくない」
「妬けるんだよ。お前は、おれのものなんだ」
「そうよ。今もそうよ」
そう言って、小雪は激しく抱き着いておれの背中に爪を立てる。
おれも乱暴に小雪の小さなぷっくりとした唇を奪う。
唾液を絡めあい、飲みあった。
汗ばむ乳房を味わい、我慢できずに行き所を見失っている珍棒をなんとか谷筋にはめ込む。
ああ、あの巨根に小雪のここはえぐられ、見るも無残に拡げられてしまったのだな…
おれはそう思わずにはいられなかった。
ゆえに、挿入が躊躇(ためら)われた。
「お兄さん、いれて…いれてもいいのよ」
「え、うん」
小雪がじらされていると思い、ねだってくる。
おれは、腰を引いてねらいをつけて押し込んだ。
ああん!
ひときわ大きな声を上げて、霞のような毛を帯びた両腋も露わに小雪がのけぞる。
小雪の中はまったく緩くなかった。
あのとき、破瓜の時と同じくらい狭く、おれを迎えてくれた。
もしかしたら、小雪が言うようにあの男とは何もなかったのかもしれなかった。
男の方が、自分のあまりの大きさに小雪を憐れんで、無理強いをしなかったのかもしれない。
そうだ、小雪が拒んだのかもしれないではないか。
おれは抜き差しを次第に激しくし、小雪を攻めた。
小雪の両足がおれの腰を挟む。
背中に焼けつくような痛みが走った。
小雪が爪を立てたのだった。
「こゆき、こゆきぃ!」
「にいさん、にいさんっ!」
こん棒で、すりこ木のように小雪をこねまわす。
小雪はひいひいと喉を鳴らし、何度も昇りつめているように見えた。
後ろからがっしりと小雪を固定し、おれは立ったまま真下から突き刺す。
ぎゃわっ!
締められる鶏(にわとり)のような声を上げる小雪。
「仏壇返し」の技に出て、おれは、小雪を支配した。
あの男に負けたくはなかった。
男は大きさではない。
「お兄さん、かんにん、もう、あかん」
小雪が関西言葉で許しを乞うた。
豊丸の影響なのだろう。
一度離れ、向かい合ってまたつながった。
今度は緩やかに、小雪の震える乳房を吸いながら、やさしく送った。
「ああ、気持ちいい」
「そうかい。あいつよりいいだろう?」
「あいつ?」
「あの兵隊さ」
「ああ、あの人…」
「でかかったろ」
「そ、そうね。お兄さん知ってる人?」
「少しな。おれは、あんなでかいマラにお前がやられているのかと思うと、嫌で、それで陽炎に足を運ばなかったんだ」
「そうなんだ…お兄さんったら」
そう言って、小雪はおれの頬を撫で、接吻をくれた。
「あたしね、あの人に入れさせなかった。だって、壊れちゃいそうだもの」
「ふうん。でもやつは満足しなかったろう?」
「手でやってあげた。それ以上はなにも求められなかったわ」
「そうか」
おれは、小雪の言い分を鵜呑みにするつもりはなかったが、信じないわけでもなかった。
「お兄さんが一番!」
小雪がまた強くからみついてきた。
長い夜になりそうだった。
気が付くと、銚子が二本と、寿司桶がそっとふすまの際に置いてある。
いったい、いつ置いていきやがったのか?
それほど、おれたちは夢中になって行為にふけっていたのだった。

立春が過ぎたころ、おれに徴兵検査出頭の知らせが来た。
はがきによれば、おれは、来週にも立川の練兵場に徴兵検査に向かうことになっていた。
そのころ、小雪の結核がかなりひどいことも、噂では聞いていた。
あれから、おれもなにやら、胸が重い。
微熱もあった。
このまま徴兵検査に赴けば、おそらく甲種は無理だろうと踏んでいた。
そんなことより、小雪のことが心配された。
おれは薬代を持参して、陽炎に日参した。
「あたい、亀井川の土手の花見を見ないまま死んじまうわ」
「なに馬鹿なことを言ってるんだ。女将だって養生すれば治るって言ってくれてるだろう?よく休め。薬代は女将に渡しておいたからな」
「ありがと。お兄さん」
「小雪は、妹だ。おれの」
そう言って、その、か細い腕を取った。
重苦しい咳を、ひとしきりして、小雪は「少し、寝るわ」と言った。
おれは、蒲団をかぶせてやり、そっと部屋を出た。

彼岸前の三月のうららかな日、おれは小雪の訃報を聞いた。
「花見、行けなかったな」
おれは小雪の亡骸に言葉を掛けた。
おれは肺浸潤で甲種不合格になり、また家でぶらぶらしていた。
小さな棺が陽炎の裏口から出ていくのを、おれは合掌して見送った。

(おしまい)