このチャタテムシの一種はブラジルの洞窟で今世紀に入ってから発見された。
チャタテムシは日本にも分布している小さな昆虫である。
おそらく、その姿を知っている人は昆虫を専門にしている先生でも少ないだろうと思われる。
しかしながら、チャタテムシは非常に身近に存在しており、近年は少なくなった日本家屋の障子において、その障子紙を振動させて、茶筅で抹茶をたてるようなシャカシャカというかなり明瞭な音を立てることで知られる。
姿はノミほど小さいのに、障子紙を振動させて音を増幅させる「スピーカー」の原理によってシャカシャカ音をたてるらしい。
チャタテムシという目名は正式ではなく、咀顎(そがく)目に分類され、有翅と無翅のものが存在する。

トリカヘチャタテは咀顎目のコチャタテ亜目に分類された。
洞窟に堆積するバットグアノ(コウモリの糞)を食して生活している。
非常に小さな体躯で、ノミ程度であるから、最近まで見つかることがなかった。
この和名にピンと来たら、あなたはかなりの「オタク」か古典文学に詳しいひとだろう。
日本の平安後期に成立したと考えられる古典文学「とりかへばや物語」に因むからである。
ほぼ「源氏物語」などと同じ時期に、これほど読者の心をつかむ興味深い物語が書かれたことは驚きである。
現代にも通じ、これをオマージュにした作品は枚挙にいとまがない。
新海誠監督の名作「君の名は。」もそうだ。
かつては、大林宣彦監督の「転校生」が、原作漫画「おれがあいつであいつがおれで」を元にしていたが、これも「とりかへばや物語」と着想が同じである。
近年、ジェンダーを超えた主人公の活躍する創作や、実社会でのLGBT問題にも無関係でない「とりかへばや物語」は古くて新しいテーマなのだろう。

性的倒錯であると、昔からこの物語は断罪され、あまり表には出なかった。
とはいうものの、長い間、好事家などに読み継がれてきたわけで、文学的にも意義のある作品である。
残念ながら作者はわからない。
もしかしたら誰でも知っている有名な人が書いたが、名を伏せているのかもしれない。

トリカヘチャタテの話から、それてしまったが、この小さな虫の生殖活動は特異であり、それがために「とりかえばや物語」から名を取られたのである。
性格の異なる兄妹が入れ替わって、宮中に出仕して大人になっていくこの物語から、どうしてこの虫の名になったのか?
雌(メス)に立派な「ペニス」があり、雄(オス)には「ヴァギナ」風の性器があるからである。
また生殖行動も雌が雄を追いかけ、ほぼ強姦状態でオスを組み敷き、むりやり雌のペニスを雄のヴァギナに押し込んで、三日三晩も交尾するのだ。
とはいえ、本質の雄雌が入れ替わってはいないので、雄は精子を雌に吸い取らせ、さらに栄養分までも胎内から奪われていくのである。
※トリカヘチャタテの雄の精液には精子と栄養価の高い液が含まれているらしい。
つまり雌は巨大(?)なペニスからポンプのように雄の胎内から精子と養分を吸い取って交尾を終えるのだった。
交接中に無理に離すと雄の体が破壊されてしまうくらい強く、かぎ状になった雌のペニスが雄に食い込んでいるらしい。

このように雄と雌の外性器が「とりかへ」られていると昆虫学者が見て、「トリカヘチャタテ」と命名したのは秀逸である。

まだまだ謎の多いトリカヘチャタテであるが、こういう特別な進化を成し遂げたのには、洞窟内の光のない空間で、子孫を繁栄させるための知恵だったのかもしれない。