学校の生物の授業はどうやら、ヒトへつながらない勉強だったように記憶しています。
人間不在の生物学など無味乾燥じゃないですか?

そこで、なおぼんが「性物学」と題して、科学的に「性」を掘り下げて人間賛歌を謳歌してまいりましょう。

「性は生なり」
老いも若きもセックスなしに生きることは、生の否定につながります。
きわめて危険な「セックスレス」人生を直ちにやめましょう。

生物学ならば、ヒトの発生などからやるのが常套(じょうとう)なのかもしれませんけど、あたしの興味のおもむくままに書いていきます。

まず「外性器」と「内性器」という物(ブツ)からいきましょか。
必要に応じて、今回、お友達になった京都大学医学部の先生にご教示願いながら進めます。

今は亡き笠井寛司先生(滋賀医大産婦人科助教授当時)が日本女性の外性器の泰斗(たいと)と呼ばれていました。
今もそうだと思います。
いったい「外性器」とはどこまでを言うのだろう?
範囲を明確にしないと分けた意味がありません。
男性の外性器はわかりやすい。
陰茎(ちんぽ)と陰嚢(きんたま袋、おいなりさん)ですから。
じゃあ女性はどうだ?
「おまんこ(関西ではおめこ)」がおそらく「外性器」を表す言葉でしょうね。
包括的です。
部分があいまいだ。
「大陰唇」「小陰唇」「陰核」「陰核包皮」「会陰」が「外性器」を構成するメンバーだろうか?
いやいや「恥丘」を忘れとるとか、「鼠径部」も性感帯を述べるときには必要じゃないかとか意見が分かれそうだ。

男性からは「処女膜」や「膣」も外性器ではないのか?という声が聞こえる。
「あたし尿道が感じるの」という愛ちゃんの意見は無視できまい。

笠井先生は肛門や陰毛までも計測範囲に入れておられ、外性器の奥深さがうかがい知れる。
また、中には女性の場合、乳房や臀部までも「性器」だと言ってはばからない人もいる。
たしかに人類学や霊長類学では、個体のセックスアピールに尻だこ(臀部)や乳房を用いるものがある。

そんなこと世の男性なら「わかり切っている」ことに違いない。
おっぱい好き、ヒップ好きの男性など枚挙にいとまがないくらいだ。

では「内性器」はどこをさすのだろうか。
医学的に問題になるのが内性器なのだ。
男女ともに。
病気をはらんでいるのが内性器なのであるから。
女性なら子宮や卵巣であり、男性なら精巣を含む睾丸、前立腺などだろう。
これらは生殖に直接かかわる臓器であり、性器の根本ともいうべき部分である。
女性が女性たるゆえんが、卵子を製造することと、受精卵を宿し、育む機構を有することだと言い換えてもいい。
男性はだから、種まきしかしないので、無責任な行動が多いのだ。
射精して終わりの男性器は、使い捨てとは言わないが、簡素にして粗暴である。
大きさのみを競い、外観をことさら問題視し、射精量を無駄に増やそうと努力する。
どれもこれもヒトの生殖にまったく関係がない。
ペニスのサイズなど、膣に入って射精できればよいのであって、せいぜい数センチあればいい。
射精量ではなく精子の元気さ、完全さが問題なのに、白くて濃い、良く飛ぶ精液を望む輩が後を絶たない。

間違った性情報に踊らされる男どもが気の毒でもある。

内性器と外性器の境界はあいまいだが、議論する立場によってそれに若干の異動があるのはどんな学問でもあることだ。

「見える部分」を「外性器」、「見えぬ部分」を「内性器」と呼んでもいいし、セックスの際に愛撫の対象になる部分を「外性器」、そうでない生殖の臓器を「内性器」と呼んでも差し支えないかもしれない。
そうであれば、膣は外性器なのかもしれない。
Gスポットやバルトリン腺、膣円蓋までも外性器としてもよいかもしれない。
男性器は飛び出している部分が多いので、それはそのまま外性器として差し支えないだろう。

じゃあバストはどうなのだ?
ヒトの特殊性は女性のバストにあるといってもいい。
美しいでしょう?
女性美はバストにあると言っても言い過ぎじゃない。
巨乳、貧乳などえげつない呼び方は置いといて、美乳は大小問わずある。
子に乳を与えるだけの器官ならあんなに大きい必要もなく、「ボインはぁ、お父ちゃんのもんやでぇ」と月亭可朝師匠が歌うのにも意味がある。
これはバストが外性器の一部を成すというか、出先機関であることを意味する。
バストは男性に向けられている。
ツンと立って、乳首は男性を誘うようにこちらを向いている。
臀部もそうだが、あきらかに挑発的である。
「バストを揉め、この尻を割って、そのイチモツをあたしに突き刺して」と言っているではないか?

風俗店の電飾かポン引きの兄ちゃんみたいなのがバストであり、ヒップなのだ。

※参考文献『男のからだ・女のからだ』Quark編(講談社ブルーバックス)
外性器の宣伝部長がバストとヒップなのかもしれない。