恭子(きょうこ)には二つ違いの弟の太(ふとし)がいて、いつも仲良く長屋の奥の、かぎ型の庭で遊んでいた。
この四軒の棟割長屋は、もとはお蚕部屋だったものを廃業して借家にして、大屋の辰巳寅蔵(たつみとらぞう)が貸しているのである。
恭子たちの住まいはその長屋の一番奥だった。
裏にはどぶ川が流れている。
「なあ、ふとっちゃん、このお花知ってる?」
「知らん」
「あたり。紫蘭(シラン)って言うねんで」
「ふぅん」
鼻をすすりながら太が要領を得ない顔で姉を見る。
モッコウバラ(ツルバラの一種で黄色い花が咲く)が長屋の塀を覆うように絡んで茂り、薄黄色の花の山並みに見える。
その陰に紫蘭が濃い紫色の花を揺らしていた。

この長屋に、恭子たち姉弟を孫のようにかわいがってくれる、老夫婦が住んでいた。
「伊藤さん」と恭子の両親が呼んでいる六十代くらいの夫婦者で、子供はいないらしかった。
ご主人は、毎朝、単車でビル掃除の仕事に出かけられる。
無口だが、とても優しいおじいさんだった。
奥さんは、その頃ではめずらしく背の高いおばあさんだった。
近所の人たちも「ご夫婦は、仲がいいから、顔立ちまで似てらっしゃる」とほめていた。
恭子も「似ているなぁ」と子供心に思っていた。
飼い犬などが、飼い主に似てくるというのと同じかもしれなかった。
それほど二人は仲が良かったのである。

「おばちゃん。こんちは」
恭子たちが、伊藤さんの奥さんを呼ぶときはいつもそう呼ぶ。
「きょうちゃん、ふとっちゃん、もうがっこ(学校)から帰ってきたんけ?」
「うん」
「あんたらは、私らみたいに仲がええなあ」
「えへへ…」
恭子には、その言葉の深い意味はわからなかった。
「カルピス、つくったげよ。入り」
「うん」先に返事をしたのは太だった。

たいそう喉が渇いていたのか、姉弟がおいしそうにコップのカルピスを飲み干すのを見て、伊藤フナエは自分のことを考えていた。
フナエは和歌山の九度山(くどやま)町の生まれだった。
和歌山と言っても広く、九度山は紀ノ川の中流付近の高野山の南麓にある田舎で、なんでも弘法大師空海の母堂がこの部落に住まっていて、修行中の空海がひと月に「九度」も母親に会いに来ていたという言い伝えがあってその名があるのだそうだ。
もちろん、空海が母親恋しくて参じていたのではなく、老齢の母親を足繫く見舞ったという「孝行」の言い伝えである。
その母堂の住まいだったところには慈尊院として高野山の政所(まんどころ)として今も残る。
そんないわれのあるところに生まれたフナエにも、恭子と同じように、二つ違いの弟、満男(みつを)がいた。
誰にも話していない秘密がフナエにはあった。
その満男こそ、いま一緒に暮らしている「夫」である。
どうりで似ているはずだった。
戸籍を調べれば、ふたりは姉弟で同居していることになっていて、決して夫婦ではないことは明らかだった。
そんな二人の仲を疑う人など、九度山から遠く離れた門真(かどま)では、いるはずもなかった。
実は、伊藤フナエと満男が生まれ育った九度山には、奇習があった。
血のつながった兄弟姉妹で夫婦(めをと)になって仏門に帰依することで、村人を災禍から守るという習俗である。
一種の人身御供であり、この「夫婦」は形だけのもので、子を成したりすることは禁じられている。
しかし、一生添い遂げなければならないのだった。
フナエたちの子供時代に、スペイン風邪が流行ったことがあった。
大正七年のことだった。
当時十五歳だったフナエと十三の満男が「九度山夫婦(くどやまめをと)」のしきたりに従って、夫婦の盃を交わしたのである。
年頃の兄弟姉妹が彼女たちしかいなかったのだった。
村人は藁をもすがる気持ちで、フナエたちに希望を託したのである。
かくして、スペイン風邪の猛威は沈静化した。
フナエ・満男の「九度山夫婦」は高野山に入って精進し、山を下りた。
そして大阪に出てきたのだった。
大阪では、夫婦として暮らした。
それが当たり前になった若い二人だったが、夫婦の営みは禁じていた。
フナエの方がそんな気はさらさらなかったものの、相手は若い弟のことである、何度か求められもし、しかたなく応じてやっていた。
ただし、サックを必ずつけさせての行為だった。
そうはいっても、サックを買い求めるのは恥ずかしいことである。
満男が道修町(どしょうまち)で陸軍に避妊具を納めている薬種問屋があって、そこの手代と懇意になっていたらしく、サックを横流ししてもらっていたことを後になって、満男を口から聞いたことがあった。

「おばちゃん、ごちそうさん。どうしたん?じっとして」
恭子のおませな言葉に、われに返るフナエだった。
「あ、飲んだん?」
「あんたらも、九度山夫婦になったらええ」
「くどやまめおと?」
「あ、なんでもない、なんでもない」

すると満男の単車のエンジンの音がブリブリ聞こえてきた。
満男はたいがい、日の高いうちに帰ってくる。
「おう、きょうちゃん来てたんか」
荷台の、薬品とかの瓶が入った箱を解きながら、目を細めて満男が恭子たちに語りかける。
「うん。なんか変な匂い」
「クスリの匂いやろ。消毒液や、あっち行っとき」
ビルのトイレ掃除に使う薬品などを単車の荷台に積んでいるらしかった。
恭子たちは礼を言って、自分ちに引き返していった。
「あんた、晩御飯の用意まだやねん」
「なんでもええ。ねぇ…」
「姉ちゃん」と喉まで出かかった言葉を満男は呑み込んだ。
長い夫婦生活でも、ついつい出てしまう「姉ちゃん」という言葉…
ついに満男は「フナエ」と呼び捨てにはできないでいた。

この歳でさすがの満男も姉の体を求めることはなくなったが、四十代のころまでは、休みの前になると、姉の寝床にもぐりこんで体を求めた。
「こんなこと、罰が当たるんやで」と言いながら、フナエは弟に体を開いてやった。
月の物が無くなったら、もはや避妊をする必要もなくなり、かえってフナエも快楽に身をゆだねるようになった。
満男にまたがり、自ら腰を振ることを覚えたのもその頃だった。
「自分らは、村の犠牲になったんや」
満男にそう言われ、なるほどと思ったこともあった。
「姉ちゃん、もう、おいらは、しんぼすることあれへんね」
「そうやね。みっちゃん」
「ねえちゃん」
「そやけど、外で、ねえちゃんはあかんで。あたしらは夫婦なんやから、もし姉と弟なんてばれてみぃ、何を言われるか…」
「わかってるって」
そういいながら、満男は姉の乳房を吸うのだった。
禁忌を犯すことに一抹の不安があったものの、故郷の九度山から遠く離れた門真で、高野山の戒律もどこへやら吹き飛んでしまっていた。
自分たちが真の夫婦であることに、もはや疑いをさしはさむ余地はなかった。
「これでええねん」
フナエは弟を抱きしめ、そのたくましい体を受け入れたのだ。

もう十年以上も前の話だった。

恭子が、台所で軽快な包丁の音を立てている母親の後姿に向かって「くどやまめおとってなぁに?」と尋ねてみた。
「え?くどやま?」
「うん、伊藤さんが言うてた」
「なんやろなぁ?初めて聞くわ。どっかの地名かな」
「わからへん」
「おとうちゃんに訊いてみ」
「うん」

その日の銭湯の帰りに同じ質問を父にぶつけた恭子だった。
「九度山夫婦かぁ、聞いたことあるな」
「何なん?それ」
「たしかな、和歌山のほうの風習や」
「わかやま?伊藤さんって和歌山の人なんやろか」
「伊藤さんが、自分らが九度山夫婦やって言うたんか?」
「たぶんそうやと思う」
「どうりで顔が似てはると思うたわ。なるほどねぇ」
「なあ、お父ちゃん、なんやの?くどやまめおとって」
「ほかで言うたらあかんで」と恭子に念押しをして、恭子の父、万木一茂(ゆるぎかずしげ)は、
「実は、伊藤さん夫婦は、ほんとの姉と弟なんや」と言いにくそうに説明した。
「え?結婚できるの?」
「いやそれはあかんと思う。そやけど、外見(そとみ)だけ夫婦をよそおって暮らしてはんねん」
「なんでそんなことすんの?」
「それがな、和歌山の九度山っちゅうところの風習なんや」
「変なの…」
恭子が納得したわけではなかった。
恭子は、弟の太と「九度山夫婦」になったことを想像してみた。
それはそれでいいことかもしれないと思った。
なんかとても清い感じがしたのだ。
弟の太を見る目が変わってしまうかもしれなかった。

恭子が中学三年生になって来年は高校入試というときに、伊藤さんの「ご主人」が職場で脳卒中で倒れて帰らぬ人となった。
「奥さん」の伊藤さんの悲しみはそれはそれは深いものだった。
恭子もそのことがわかる年頃だった。
「九度山夫婦やもん…」恭子も涙した。
普通の夫婦以上に濃い血のつながりでできた関係。
抑えてきた感情、人に隠さねばならない生き方…
恭子にはそれがわかった。
たくましくなりつつあった太はそんな事情を知らないので、姉が身内でもない伊藤さんに寄り添う姿をいぶかしんだ。

告別式があった夜、恭子の母と父が寝間でぼそぼそ話し込んでいた。
隣の部屋なので、恭子にはとぎれとぎれに話の断片が耳に入る。
「伊藤さんの夫婦、実の姉弟(きょうだい)やったらしいで」と父の声。
「ええ?」母が驚きの声を上げる。
「なんでも、九度山夫婦っていう関係やったらしい」
「いや、それ、いつやったか恭子が言うてたわ。どういうことなん?」
それから、長々と九度山夫婦の説明を母にしている父だった。

「なぁ、姉ちゃん」
恭子の横で布団を敷いて寝ている太が、「今の、お父ちゃんの話聞いた?」と尋ねてきた。
「あんた、起きてたんかいな」
「聞こえるやん。どうしても」
「知らんでええ」
「姉ちゃんは知ってたんやろ?」「まぁな」
「おれと姉ちゃんが夫婦になったら、伊藤さんみたいになるってわけ?」
「まあそういうこと」
「そんな人いるんか」「伊藤さんとこがそうやったの」
「子供出来たらどうすんねんな」
「そやから、いたはれへんかったやろ」
「そんなことあるねんなぁ」
「もう、寝ぇや」
その夜、恭子は太に抱かれる夢を見た。
そんな夢を見るのは初めてだった。
ただ裸で抱き合うだけの夢だった。
性交を知らない恭子にとって、その内容は妥当な線だった。
それでも、大人になりかけの体はちゃんと反応していて、その証拠に下着を汚していた。

太は太で、姉の夢で精通を経験してしまった。
その後ろめたさで、姉とまともに口を利くこともできなかった。
恭子はその態度を変に思ったが、それが何から来るのかはまったくわからなかった。
何かいたずらをしてそれを隠しているようにも思えた。

太はしかし、明らかに姉を「女」としてみるようになっていた。
姉を想って、自ら穢すことも覚えた。
狭い長屋の中では、太は隠れて自慰行為に耽ることも至難だった。
布団の中でごそごそやっていると、恭子も「何やってんの?」と気づいてしまう。
「いや、なんも」
「どこさわってんの。お尻がかゆいの?」
「そんなことない。なんでもないって」
恭子は不審に思いながらも、放っておいた。
日に日に、太が男臭くなっていくことへの嫌悪感もあった。
声が変わり、うっすらと髭もみえる鼻の下などを見るにつけ、恭子は太に距離感を覚えた。
それは、近親相姦を防ぐための自然な成り行きだった。
そうやって姉弟の一定の距離が保たれ、離れていくものである。

九度山夫婦が世間一般にあってはならない特殊な例であるということの証左だった。

そして、伊藤フナエも弟の後を追うように、病に倒れこの世を去った。
(おしまい)

※このお話はフィクションです。「九度山夫婦」などという奇習はありません。横山尚子の勝手な創作です。