真砂(まさご)の海はどこまでも青く、空は高く、鰯雲の細かい模様がどこまでも続いていた。
おれは息子の理一(りいち)の手を引いて、小湊(こみなと)の防波堤沿いをあるいていた。
ときおり、軽トラがおれたち親子の横をバタバタと通り過ぎていく。
この辺の漁師の車だろう。強い魚の匂いを残して去っていった。

「りーちゃん、お船がみえるよ」
「パパ、あすこに行く」
「うん、行ってみよう」
日に日に、大きくなる息子を見て、おれはもやもやした思いにさいなまれる。
理一は、おれにちっとも似ていない。
それどころか、舎弟頭の柏木譲二に似ているように思う。
鼻筋なんかは柏木にそっくりだ。
そう思って見るからそう見えるのだと自分に言い聞かせてきたが、やはりそれは疑い得ない事実なのかもしれなかった。
妻の美香に口が裂けてもそんなことを尋ねることはできなかった。

おれは疑惑を抱いたまま三年前に田中美香と結婚し、日数(ひかず)の合わない妊婦と披露宴を開いた。
柏木が参列していたことも承知している。
おれの両親は承知の上だったが、親族などは新婦の家柄について披露宴で目の当たりにしたようだった。
「堅気の人じゃないみたいだね」「なんか、こわいわ」
伯父や叔母がそんなふうに言っていたと後から母から聞いた。

そんなことよりも、もっとおれには心配なことがあった。
美香がおれに隠れて柏木と密会していて、また、お腹が大きくなってきている。
おれにも心当たりがあるから、柏木の子だとは断定はできない。
この結婚、おれにとっては間違いだったのではなかろうか?

柏木は表面上は、おれに「若頭(わかがしら)」と頭を下げるのだが…
この呼ばれ方も嫌だった。
「よしてくれよ。若頭は」
おれは何度か柏木に諭したが、やめてくれなかった。
柏木が屋敷に同居しているのがいけないのだ。
しかし、おれがこの家に後から入ったのだから、そんな不満をぶつけるわけにはいかない。
どうも、この家の人々には、おれは「女々しい」と思われているらしかった。
「婿殿は、やさしすぎるんかな。もうちょっと押しが強うないとな」
義父の龍兵翁は、酒が入るとおれにそう注文を付けるのを忘れない。
美香が「そこがいいのよ。パパたちとはちがうの」とかばってくれるのだが…

おれたち親子は浜に降りて、小湊の舟寄(ふなよせ)に近づいた。
「あぶないよ。パパの手を放しちゃいけないよ」「うん」
足元がもう港の縁(へり)なので、足を滑らせると危険だった。

柏木と美香が交わっているところを押さえたわけではない。
しかし、どこかで会っていると確信している。

実は、礼子とおれは会っていた。
肉の関係はない。
しかし、彼女は、暴漢に殺された大野麻人との間にできた女の子を、女手一つで育てていた。
理一と同い年だ。
美鈴(みすず)と名付けられた礼子の子は、大野よりおれに似ていた。
それだけが救いだった。
礼子も、
「やっぱり、けいちゃんに似ているわ。ほんとはね、大野とは、あのころもうほとんど会ってなかったの」と、言うのだった。
本当か嘘かは、おれには判じかねた。
女の言など、信じることはできないと、この頃思うのだ。
「でもね、美鈴の父親は大野麻人となってるの。戸籍上は」
「いいんだよ。それで」
おれは、そう言って美鈴をあやしながら、満足だった。
おれがカネに不自由していないから、おれの小遣いから礼子に援助をしてやっている。
せめてもの罪滅ぼしだし、おれの子かもしれないという愛情の、おれなりの表現だった。
加えて、先立った大野への供養の意味もあった。

つらつら考えていると、理一が「もう帰る」と言い出した。
「そうか。もう昼寝の時間だね」
おれは、理一を抱っこして元来た道を引き返した。

今ごろ、美香は柏木とどっかのホテルで睦み合っているのだろう…

(おわり)