おれらの高校では、十一月の三日~五日までの三日間、文化祭がおこなわれる。
毎年恒例の学校行事で、地域の皆さんもこの日ばかりは自由に学校に来てもらって、イベントや展示を楽しんでもらうことになっていた。
「宮本さん、これ」
おれは十月も残すところ幾日と言うある日の夕刻、パート帰りの宮本さんを待ち伏せて、チケットを手渡した。
「なあにこれ?」
「文化祭の模擬店の無料券なんや」
「小縣君の学校?たこ焼き屋さんをやるのね」
「うん。暇があったら来てよ」
「わかった。陽菜(ひな)を連れていくわ。ありがと」
そういってチケットを財布にしまってくれた。
「今日は、おかず何にするの?」
「決めてへん。日曜にカレーを作ったから、それを解凍して食べよかな」
「じゃあ、アジのフライとカキフライ買ってきたら、分けてあげる。いらっしゃいな」
「いいんですか?」
「いいの、いいの」
そういって、バッグから鍵を出そうとごそごそやっている。
後ろから、ひなちゃんが「お兄ちゃん!」と走ってきた。
「おう。ひなちゃん」
「いま、さいとうくんとバイバイしてきてん」
「お友達?」
「うん。幼稚園で同じ組やの」
宮本さんがドアを開けた。
「はい、二人とも入って」
「おじゃましまぁす」
「ただいまっ」

今日も、オトンは遅い。
鳶の仲間と飲んでくるらしい。
安定化電源と無線機のスイッチを順にオンにしていって、呼び出し周波数にチャンネルを合わせる。
トラッカーたちのラグチュー(通話)が入っている。
ガラの悪い人たちである。
「EKRさん、ペケさん、お元気?どーぞ」
「夜が元気で困りますたい。どーぞ」
「こし抜かさんように、たのんまっせ」
「近ごろは、もっぱら乗ってもらってます。どーぞ」
「クロス八木で」
「あはは、うまい!ローテーターで振り回してます。どーぞ」
何を言ってんだか…

おれは、もらったカキフライとアジフライにカゴメのソースをかけて、かぶりついた。
「うんめ」
キャベツがあればもっとよかったが、あいにく、生野菜を切らしていた。
男所帯なんてそんなものである。
オトンは外食ばかりするし、おれだけのために生野菜は不経済だった。

おれは、宮本さんをオカズにマスターベーションをするようになった。
なるべく黙って…

最近、ティッシュペーパーの消費量が増えたように思う。
ゴミ出しの時も、ティッシュの団子ばかりが目立つ袋を出さねばならない。

いよいよ文化祭「鳥飼工業高校祭」が始まる文化の日である。
朝九時から、開幕なので、おれらが八時に学校に集合し、あの自動たこ焼き器「たこやん」を屋台に設置した。
屋台やブースは前日の夕方に、電気科の手の空いた連中の力を借りて設営した。
残りの人員は、展示会「電気と未来」の準備に取り掛かってもらった。
工業化学科は「科学マジックショー」をやる。毎年、人気の出し物だった。
機械科はラジコンカーレース「鳥飼グランプリ」をやるので意気込んでいる。
去年は地元のテレビ局も取材に来たほど「鳥飼グランプリ」は注目の出し物なのだ。

山本純子が白衣を着て、マジックショーの「仕込み」をやっているのが見えた。
ポニーテールに髪をまとめて、さっそうと見えた。
工業化学科の展示会は「暮らしと化学」だった。
機械科の展示会は「ロボットのある生活」だ。
あと部活動のグループが模擬店を校門までの百メートルの中庭で出店する。

おれは、九時になる少し前に「たこ焼き屋」の屋台に入り、クラスの西条要(さいじょうかなめ)、藤倉稔(ふじくらみのる)と仕込みにかかった。
自動たこ焼き器「たこやん」のサポートに情報処理科の中島裕司が付きっきりだった。
「中島ぁ、うまいことやってや」おれが、小麦粉をバケツで溶きながら言う。
中島は、額に汗して、ノート型パソコンと格闘していた。
「きんの(昨日)は、そこそこ動いてたんや。おそらく今日もいけると思う」
「藤倉、タコは冷蔵庫から出してくれた?」
「そこにボールにはいってるやろ。ラップかけてあるから」
藤倉は料理が趣味の頼れる男だ。このたこ焼きのレシピは藤倉のものだった。
西条がはっぴを着て、客寄せをやる。
西条は午後から「鳥飼寄席」で落語もやるのだ。
彼はとても口が回る男だ。
「さあさ、電気科名物たこやんのたこ焼きはいかがっすかぁ!」
おれは液を焼けた、たこ焼き器に流し込んでいった。
てんかす、ネギをすかさず藤倉が撒いていく。そしてタコも忘れずに…
IAIの直交ロボット「たこやん」が固まったところから順に串を刺してシータ方向に回したこ焼きをひっくり返すのだ。
「おお、うまいことやるなぁ」
「やっぱし、端が雑やな」
「ペンダントでティーチングしたんやろ」
「うん」
まずまずのロボットの動きである。
200V単相電気炉を改造したもので、焦げてきた。
門型で、たこ焼き器を跨いでいるロボットがこの熱に耐えられるだろうか?おれは心配になってきた。

このデモンストレーションを見に観客が集まった。
その中に山本純子の姿もあった。
おれは、純子に、思い切って「どうですか?」と勧めてみた。
「すごいね。小縣くんだっけ。たこ焼き屋さん似合ってるよ」
おれの名前を憶えていてくれたんだ。(うひょー)
「ああ、山本さんだよね。工化の」
「六つでおいくら?」
「120円です」
「おれも八つくれ」
「はいはい、ならんでや。山本さんの後ろに」と、西条が交通整理にかかる。

電気科のたこ焼き屋はまずまず好評だった。
ロボットもずいぶん熱くなっているが、動いてくれている。
宮本さんが陽菜ちゃんをつれて来てくれた。
「お兄ちゃん!」「探したわよ。すごい人ね」「来てくれたんですか」「今日は非番だから」
そんな会話をして、たこ焼きを八つ舟に入れて、宮本さんに渡す。
「そこのベンチで食べてよ」
「はいはい、ありがとう。これがロボット?変なこと考えるのねぇ。手でやった方が早いんじゃない?」
まったくそうだ。
中島も内心、そう思っているらしく、苦笑いをしている。
「あら、おいしいわ。ほら、熱いよ、ひな」
母子がベンチでたこ焼きをつついている。
おれはそれを見て満足だった。

「小縣君」
宮本さんがおれを呼ぶ。
「なんです?」
「純子さんって、どの子?」
「いきなりなんですねん。あ、あのジューススタンドの屋台が化工科のやつで、白衣にピンクの前掛けの眼鏡の子」
おれが指さして教えた。
「ああ、あの子。賢そうな子ねぇ。あたし一肌脱ごうか?」
「は?」
「告白してないんでしょ?間(あいだ)を取り持ってやろうかって言ってんの」
「やめてくださいよ。そんな」
「まかしとき」
「みやもとさんって」
宮本さんは陽菜ちゃんを連れて、件のジューススタンドに歩いて行った。
「もう、知らんぞ」
おれは、ドキドキしながら、持ち場に戻った。
そして振り返る。
「ああ、もうあかん」
宮本さんが、純子に近づいて何やら話して、ときおり、こっちを指さすではないか。
おれは顔から火が出そうだった。
たこ焼き器の熱もさることながら、汗がにじんできた。
純子がしゃがんで陽菜ちゃんとにこにこ話している。
一体何を話しているんだ?もう。
すると、宮本さんがおれに「OK」と指でサインしたのだ。
純子は陽菜ちゃんと向かい合ったままだった。
宮本さんが駆け寄ってきて、
「こんど、あたしたち親子と、君とあの子とで電気科学館のプラネタリウムに行こうということになったんで、予定を空けといてね」
「なんです?」
「日は、あの子、純子ちゃんだっけ、あの子が君に直接言ってくれることになってるからね。頼んだわよ。あたしたちはこれで…手品とか寄席を見に行ってきますわ」
おれは茫然として立っていた。そして宮本さん親子の背中を見送っていた。
「おーい、小縣ぁ、粉を溶いてくれよぉ。足らんぞ」
藤倉が呼ばわった。
「あいよ」
おれの足取りはなぜか軽やかだった…