おれの前に、あの田中龍兵翁が、床の間の昇龍の掛物を背にして座している。
その鋭い眼光は、おれを見据えているのか、その背後に焦点を合わせているのか判じかねた。
奥方の映美夫人が茶菓をたずさえて客間に音もなく入ってきた。
当然だが、おれの横には美香が座っている。

おもむろに龍兵翁が口を開いた。
「菅野くんとやら。娘がいろいろと世話になっておるようやが、君は、美香のことをどう思っとるんやな」
「あ、はいっ。ぼ、ぼくは美香さんと真面目な、お付き合いをさせていただいて、将来をいっしょにと、若輩者ではありますが、考えておりますっ」
くすっと美香が噴き出す。
おれは、家でこれまで何度も繰り返したセリフをぶつけた。
「まぁ、そう、堅くならんでええがな」
「はぁ」
「見たところ、なかなかの好青年や。ちゃんと美香の会社で仕事もしとると聞いてる。わしに異論はないんや。ご覧の通り、うちは堅気やない。しかし一人娘の美香には堅気に嫁がせたい。そう思っとったら、美香の方から君のことを紹介されたんや。ここはひとつ、ふつつかな娘やけどよろしゅうたのんまっさ」
そういって、深々とお辞儀をされたのだ。
「あ、いや、お父さん、お手を上げてください」
おれも、腰を引いて、「お嬢さんを、幸せにします。こちらこそよろしくお願いします」と畳にこすりつけるように頭(こうべ)を垂れた。
「いややわ、二人とも。さ、パパ、お酒の用意をしましょうか?ね、ママ」「はいはい。美香は座っといで」夫人が立った。
「おう、そやな。婿殿もいける口なんやろ?」
「はあ、たしなむ程度は」
「その謙虚さがええ」
相好を崩して、龍兵翁が言う。
美香は遅い子だったらしく、龍兵氏はすでに六十を超えているように見えた。
夫人は五十ぐらいだろうか?美香に似て和装でもわかるくらいに豊かな胸をしていた。
「お父さんとお呼びしてもよろしいですか?」
「なんやこそばいな。息子がでけたみたいで、うれしいがな」
「ぼくは、まだ駆け出しですんで、お金もあまり貯めていません。そんでも、これからがんばって貯めていきますんで」
「なんやな、そんなこと。若いうちはみんなカネなんてあらせんね。心配すんな婿殿。車とかほしいもんゆうてみ。なんぼでも買うたるで」
そうまで言ってくれるのである。
「ありがとうございます。うちの両親もサラリーマンの家庭でして、お父さんとの家柄とは天地の差ですから」
「またまた、ご謙遜を。ほんまに気にせんでええ。美香を大事にしてくれるだけでええ。その代わり、美香を泣かしたら…わかってなはんな?婿殿」
ぎろりとおれは睨まれた。
蛇に睨まれた蛙である。
「それはもう…肝に銘じて」
おれは再び平身低頭した。
「もう、パパ、ケイタくんをいじめんといて」
「わかった、わかった。すまん、婿殿、手を上げて、契りの盃を交わそやないか」
するとタイミングよく、夫人がウィスキーのボトルとグラス、ミネラルウォーターや氷などを盆にのせて入ってきた。
「スコッチでどうや。ボウモアの12年やけど」と龍兵翁。
シングルモルトで名高い「ボウモア」が盆に乗っている。
「すごい上等のお酒ですね」
「そんなにええもんやあらへん。なんなら、さらのボトルを一本、婿殿に進呈しよう」
「それはいけません」
「かまへん。お近づきの印や、とっとき」「そうですか」
おれは、素直に頂くことにした。
美香がグラスに氷を入れ、ボウモアを注ぐ。
「ママもどう?」
「そうねいただくわ。ケイタさんともこれから家族だもの」
「はあ、よろしくお願いいたします」
各人にグラスが配られ、龍兵氏が、
「菅野君、娘をよろしく。乾杯」
「乾杯!」
この一献(いっこん)は、忘れられない味になった。
すると、ふすまが開き、さっと冷たい風が流れて来た。
奥の座敷に芸子が二人、舞いを披露してくれるのか、用意がされていたのだった。
女中が、肴を運んでくる。
三味線が奏でられ、もう一人の芸子が躍り出す。
「まあ、楽しんでいってぇな。こんなもん、婿殿はあんまり見たことないやろ?」
「はい、初めてです」
「うちが懇意にしてる料亭に仕出しさせて、そこの置屋(おきや)にいる子に来てもろたんや」
やわらかな関西の語り口で龍兵氏が説明する。
一調一舞(いっちょういちまい)を堪能して、おれは別世界に遊んだ。
最後にすっぽん鍋をよばれて、したたか酔った。
龍兵氏から「今晩は遅いから、泊っていけ」と言われそのままお言葉に甘えた。

広い屋敷の中で六畳の和室を一部屋、当てがわれ、ふかふかの客布団に寝かされた。
もう師走の中頃で夜はしんしんと冷えた。
枕元には宝水(たからみず)の水差し一式が置かれ、枕灯と電気ストーブが灯っている。

夜中に、小用を催したので立った。
廊下を歩き、坪庭に月光が差すのを横目で見ながら、慣れないよその家のトイレに向かう。
ふと自分が見慣れぬパジャマを着ていることに気づいた。誰のだろう?
トイレから戻る途中で、ある部屋から声が聞こえた。
障子から明かりが漏れている。
そっと近づくと、美香の声に違いなかった。
美香があえいでいる。
「ああん、かしわぎ…」
そう聞こえた。
そっと障子のすき間から覗くと、美香が裸で男の上に乗っかって腰をなまめかしく振っている。
「かしわぎの、硬い…」「おじょうさん、いいんですかい?」「いいの。かしわぎ」
「かしわぎ」とは柏木譲二という食客というか、住み込みの舎弟頭だと後で知った。
年のころは、おれとどっこいで、身長が高い男だった。
寝ていてわからなかったが、彼が半身を起こすと、背中に見事な吉祥天の彫り物が夜目に浮かび上がった。
「かしわぎ」からバックで突かれて、あえいでいる美香は別人のようだった。
それよりも「かしわぎ」の巨大なペニス…
太くって、美香のあそこが破れそうに広がっている。
おれは激しく勃起していて、嫉妬心にかられた。
「なんということだ…」
美香に裏切られたという気持ちがないまぜになって、ほかの男に犯されている、将来の自分の妻を見て、異常に興奮していた。
「いつからなんだ?」
おれは声にならない声で問うた。
「いつから、こいつと…」
なさけないほど貧相な自分の勃起をしごきながら、むなしく時間が過ぎていく。

「おじょうさん、行くぜ」
「きて。いっぱいちょうだい」
はっきりと美香はねだっていた。
あいつの子を孕んでもいいのか?
おれは、思い出したことがあった。
今月の始めに、すき焼きををしようとおれんちに美香がやってきたときのことだ。
あのときも美香は「中出し」を自らねだった。
おれはただうれしくて、あの時は思いっきり美香の中に放ったが、もしかしたらこの男との行為のカモフラージュにおれが使われたのだったら…と。
ずっと前から、この男の種(たね)が欲しかった美香は、父親の目を盗んで交わっていた。
舎弟頭と組頭の娘との道ならぬ恋は、あの龍兵氏が許さなかったのだろう。
だからおれが当て馬にされてしまったのではなかったか。

「うおおお」
吠えるように男は美香の後ろでのけぞり、美香の深い場所に放ったようだった。
ずぼりと音が聞こえるようにこん棒のような男根が抜かれ、そのぽっかりと開いた穴から堰を切ったように白濁液が噴出した。
「あはぁ、かしわぎ…」「おじょうさん」
おれも同時に力なく、とろりと放った。

おれは音を立てずに後ずさりして、自分の部屋に戻った。