藤井聡太四段のこれまでの公式戦連勝棋譜をたどっていると、この人の強さが多少なりとも実感できる。
彼は目標に向かってぶれない、慌てない「将棋指し」だということだ。
将棋の最終目的は敵玉を詰めることだ。
そのための最短の手数で目標に向かう、いわば、序盤からの壮大な詰将棋を彼は戦っている。

サッカーでも目標、つまりゴールすること、そのためのシュートを撃つことにフォーカスしている選手は決定力において勝る。
サッカーに限らない。
バスケットボールもそうだ。
パス、ドリブル、シュートの連携が貴重なゴールにつながる。

野球は選手の役割分担が明確に分かれている。
バッターはとにかく塁に出ることが目標だ。
ピッチャーは、奪三振が目標だ。
打たせて取るというのもありだけれど、それならば三者凡退が目標だ。
野手はボールを逃さないことが目標だ。

こういった戦う者の目標は明確である。
また目標が明確でない戦い方は、実を結ばない。

藤井四段に話を戻そう。
あたしは彼の寄せの段階、詰めろをかけるときの眼光の鋭さに注目した。
インタビューなどでは謙虚さが目立つ彼だが、盤上ではまったく様子が違う。
加藤一二三九段が、竜王戦の予選で負けを認めたのは藤井四段の「詰めろの目」で睨まれたときだと回想している。
「どうします?降参しますか?」と、彼の目が言っているのだ。

羽生三冠や谷川浩司九段らが口をそろえて言っているように、藤井君は確実で、鋭い手しか指さないらしい。
悪手というものを、秒読み将棋でもほとんど指さない。
つまりミスがない。
その意味でAI将棋ソフト「ポナンザ」に近い人間かもしれない。
「ポナンザ」に勝てるのは藤井聡太しかいないのではなかろうか?

あたしは坂田三吉(阪田三吉)という近代将棋草創期の天才棋士を藤井四段の中に見る。
三吉は、まったく字が読めず、自分の名前と駒の字しかわからない。
それでも天才的な手腕で勝ち進み、関根金次郎(後の十三世名人)に勝つ。
年齢など藤井君と比べるべくもないが、学のない、貧乏のどん底で将棋にしか才能を見出せない三吉が、我流でプロ(当時はそういうものがなかったが)を負かすのである。
後年、三吉は「あんた、そこから見て浪速区と北区の火事がいっぺんに見えまへんやろ。ワテは五重の塔の上に立っとるから大阪中の火事がみな見える。その違いや」と大局観について語ったという。
まさに藤井四段が強いのは、詰み筋が「見えている」からではないか?

あたしが阪田三吉と藤井聡太に共通点を見出すのはそういう点だ。
将棋に強くなりたかったら詰将棋をしなさいとは、あたしの師匠の言葉だ。