高校の時に、クラスメイトに在日の女の子がいた。
日本名を「金沢明恵」で通していたが、あたしには本名の「金明恵(キム・ミョンヘ)」と明かしてくれた。

彼女とはかなり親密な関係で、身も心も許し合ったと言っていい。
とはいえ、あたしの方から彼女に近づいたのではなく、あの子の方からあたしに話しかけてきたのだった。
彼女ははっきり「在日朝鮮人」だと言い、そのことに誇りを持っているようだった。
父親が朝鮮総連の関係の人だとも聞いていた。
お母さんは権(ごん)という姓で、この国の人は結婚しても奥さんの姓が変わらないことも知った。
明恵(あきえ)の姓は、だからお父さんのものだということだ。
ただ日本人になりすましているので、お母さんも「金沢」姓を名乗っていた。
彼女のお家に行くと、表札には「金澤」とあった。
けっこう、大きな家で、庭には「ジョン」というコリー犬が放し飼いになっていた。

明恵とは映画の話や、音楽のことで話が合い、それも彼女の近づき方だったのかもしれないけれど、とても人懐っこくて、気前が良かった。
たこ焼きやお好み焼きを学校帰りによくおごってもらった。
そう、お小遣いをたくさんもらっていたみたい。
「なおぼんは気にしないでいいのよ。遠慮なく食べて」
なんて言われるから、お言葉に甘えてばかりだった。
「総連」に勤めていると、羽振りが良くなるらしい。

明恵の目的は、あたしにあった。
あたしがアマチュア無線をやっていて、BCLという海外短波放送を聞いていたことが、あたしに近づいた理由だったのだ。
「なおぼんは、モールスがわかるんやろ?」
あたしは学校の科学部の無線班にやっかいになっていたので、そのことを知って訊いてきたのだろう。
「うん、わかるけど」
「聴くのも、打つのもでける?」
「できるよ。ただ和文は自信ないけど」
「ううん。英文と数字だけでええのよ」
「なんやのん?急にそんなこと…」
「ちょっと手伝ってほしいことがあるの」
「ふーん」
手伝ってほしいこととは、朝鮮民主主義人民共和国から短波放送で送られてくるモールス信号を聞き取って、書き溜めてほしいのと、28MHzバンドで、ある数字の列をある時間にモールスで打電することだった。
あたしは叔父の無線機で短波帯のものを持っていたが、28MHzのアンテナを持っていなかった。
その仕事を引き受けるにあたって、アンテナ工事をする必要があると明恵に言うと、お金は出すと言うのだ。
それにこの仕事にも駄賃が出るという。
あたしはお金に目がくらんで、引き受けることにした。
それがどんな悪事につながっているのかという疑いもなく…

八重洲のFT-200Sと28MHz用のグランドプレーンアンテナを使って、あたしは言われた仕事をこなした。
受信は数字ばかりで、単純な作業だった。
これが何に使われるのか、最初わからなかったが、なにかしらの暗号だろうことは察せられた。
明恵も詳しいことがわからないらしく、あたしの受信した数字のいっぱい書かれた紙の束が彼女の父親の手に渡るのだった。
ある日「乱数表」という言葉を明恵の口から聞いた。
スパイ映画みたいなことをあの国はやっているのだと思うと、いささかぞっとした。
しかしそれがどのような悪事に利用されるのだろうか?
あたしがアマチュア無線で打電した暗号は短く、およそ五十文字程度の数列とアルファベットで地名だった。
アルファベットは「USITU」「MIKUNI」「TURUGA」「NAGATO」という地名が読めた。
数字は時間らしい。
一回、五千円、一月でその十倍のお金を手にするようになった。

後で知ったが、どれも日本人拉致の現場であり、工作船の到着時間だったのだ。

明恵とはレズビアンの関係にまで発展し、あたしは彼女から逃れられない状況に陥った。
高校卒業後も肉体関係こそなくなったが、あたしが理系の大学に進んだことをことさら喜んで、あげくには「あたしと一緒にピョンヤンに行こう」とまで誘うのだった。
あたしはアマチュア無線を教えてくれた叔父にそのことを相談し、「工作員」「土台人」「拉致」という三点セットの怖さを教えられた。
「もうその子とは付き合うな」と、怖い顔で叔父は忠告したっけ。

明恵は何度か北朝鮮に「帰国」しているようだった。
あたしは彼女の熱心な勧誘を断り続け、彼女もそれ以上のつきまといはしなかった。
ただ、関西電力に勤めていた同居の叔父の突然の事故死、その後立て続けにあたしの両親が死んだあと、ぱったりとあたしの前から彼女は姿を消した。
彼らの死と彼女とを結び付けようというのではない。
単なる偶然だ。
気になるのは叔父の死くらいだろうか?
父母は病死であるし、他殺の線は全く考えられない。

そんなことよりも、金明恵一家が忽然と消え、あの屋敷は更地になってしまっていた。
万景峰号で彼らは帰国したのだと近所の人から聞いた。
その後、小泉純一郎首相(当時)の電撃訪朝で拉致被害者の一部が日本に帰国したのである。
あたしは、なんとも複雑な気持ちでニュースを眺めていた。

何も知らなかったとはいえ、彼らの拉致に手を貸したことになるのだ。
許せぬことだ。
お詫びの言葉もない。

あたしがアマチュア無線を封印したのはこのような理由による。
ただ、免許の更新は続けている。
また再開したい気持ちがあるのだ。