KENWOODはその昔「TRIO(トリオ)」というブランドでステレオ機器やアマチュア無線機を販売していた。
HF(短波帯)のTS-520シリーズトランシーバーは、あたしたち中高生ハムの垂涎の的でありました。
とはいえ、私は、当時同居していた父の弟(叔父)の影響でハム(アマチュア無線)をやりだしたので、トランシーバーも叔父のものを使わせてもらっていたわけ。
叔父は、大学を卒業してもしばらくあたしんちにいたので、自分の車も持っていたの。
あたしの父は免許を持っていなかったから、もっぱら叔父の車にあたしは乗せてもらって喜んでいた。
昭和五十年頃っていったら、車を持っている家庭は、まだまだ少なくて、お家が「牛乳屋」だとか「鉄工所」だとか「工務店」ならミゼットやスバル360なんかに乗ってらした。
叔父の車はニッサン・サニーのライトバンで、クリーム色のかっこいいのだったよ。
鳥の羽根のハタキを内側のさんに斜めに差して、それがおしゃれだった。
そして、そして、モービルハムですよ。もう「テンフォー・テンテン」を地で行くような装備でね、日本電業製の「ライナー2DX」という144MHzSSBの無線機とTRIOのTR-7200(FM機)をダッシュボード下にセッティングして両方のルーフサイドにホイップアンテナを取り付けて…
ライナー2DXは、144MHzにSSBという電波形式の新風を巻き起こさせた名機なんですよ。
ライナー2DX
(ライナー2DX:Belcom(日本電業)製)
それまでは、144MHzといえばF3(FM)と相場が決まっていました。F3は帯域が広く、モービル(移動局)でも安定した音声信号を送る事ができるので重宝がられたのですが、その分、ダンプの運ちゃんや違法局が電波を私物化し始めて「柄が悪く」なってきていました。
それは今も変わらないのですけれど、そこで、本当にアマチュア無線が好きな局長さんたちがSSB(シングルサイドバンド)という搬送波フリーの電話形式に目を付けて開拓したんです。
SSBはAMの振幅変調のうち片方だけを使い、搬送波がない(抑圧されている)変調方式です。
搬送波電力を要しない分、省エネで、かつ帯域が狭いので、たくさんの人が混信せずに交信できるメリットがあります。
ただしSSB送信にはSSB専用の受信機がいるので、限られた通信設備を持つ局同士でしか通信できません。
普通の受信機でSSB音声を受信してもモガモガとしか聞こえず、特別な回路BFO(ビートフレケンシーオシレーター)を備えた受信機を使う必要があります。
こんにちでは、アマチュア無線の電話通信といえばSSBかFMと言われるほど普及していますが、私たちがハムを始めたころは、SSBは短波通信の電波方式であり、144MHzなどVHF帯で使うことはなかったのです。
ライナー2DXのおかげで、SSB通信がとても身近になりました。
そしてさらにモービル機ならではのクリスター(水晶発振器)による固定チャンネル方式がライナー2DXには備わっていました。
アマチュア無線機はふつう、VFO方式と言って「ダイヤル」を回して周波数を合わせます。しかし、運転中にダイヤルを合わせるのは危ないですし、車の振動でダイヤルが動いてしまうこともあります。
チャンネル式なら、確実に送信周波数(トランシーバーなので同時に受信周波数でもある)が合わせられ、呼び出し周波数からQSY(周波数移動)するにしても行方不明にならないで済みます。
※144MHzのSSBやFMでは「呼び出し周波数」が決められていて、そこでCQを出して交信成立したならすみやかに空きチャンネルに移動(QSY)しないといけません。それがマナー。

私は、短波帯の経験が最初はなかったので、144MHz帯のことしか知らないビギナーでした。
高校生になって、ハムクラブ(科学部無線班)に出入りするようになって、初めて7MHzで運用したとき、アンテナの調整やら、スプリアスの測定やら、電波を出すまでにいろいろやらねばならないことを知ったのです。
モービルハムでは、無線機とアンテナをつないで、電源オンすればすぐに交信できたことから考えると、まったく世界が違いました。
HFの無線機(トランシーバー)は大きく、いかにも無線機らしい、いかめしい面構えでしたし、なにより真空管が唸っていました。そのうち、叔父も中古のFT-200Sという八重洲のHFトランシーバーを手に入れてきて、家からも短波で交信してみようということになり、ダイポールアンテナを立てる手伝いをしたりしました。
7MHzとなると、1波長が40mですから、四分の一波長でも10mあるわけです。
ローディングコイルで短くするのですが、借家の長屋ではさすがに大変でした。
被覆線を使い、玉子碍子(がいし)で柱と絶縁し、モズレーのバランを日本橋で買ってきて…
雨は降ってくるし、風が強いし、ケヤキの木が邪魔するし、瓦を落っことすし…さんざん苦労して叔父と一緒に立てました。
母があきれて下から見てました。
「あんたは、変わってるわ」と一言でしたね。

パワー計を見ながらダミーロード(疑似アンテナ)をつないで送信するとなんと25Wも出ているではありませんか。

このFT-200Sは出力10Wのトランシーバーで、当時の私の免許でも電話級と電信級でしたから10Wしか出せません。
どうやら中古品で、改造されていたらしい。
せっかくアンテナを立てたのに、このままでは無線局を開設することができないのです。
私が上級ハムの試験を受けて合格すれば良いのでしょう(叔父は二級アマチュア無線技士だったはず)。
とりあえずは、近畿電波管理局(当時)の落成検査を受けて叔父だけでも使えるようにすることにしました。

あいかわらず、私は、144MHzで「YLさん」(若い女の局長)としてお空で人気を博していました。
そうやってオジサンたちにちやほやされるのもまんざらでもない…コスい女でありました。