どんよりと曇った日だった。
廊下で口頭試問の順番を待つあたし。
話す友人もいない。
二回生だというのに、親しい友がいなかった。
工学部の女子生徒なんて希少種だから。
あたしの番が来た。ドアをノックして入る。
二人の先生が長机を前に座っている。
促されて、あたしは椅子に掛けた。
「それでは、横山さん、口頭試問を始めます。わたくしは、無機化学講師の篠崎靖一(やすいち)です。こちらは、試問委員の原田教授です。よろしくお願い致します」
「よ、よろしくお願いいたしますっ!」
あたしは、暑くもないのに額に汗をにじませていた。
こういう場面は初めてである。
高校でもこんな試験はなかったし…
「ハロゲンについて横山さんはどのようなことを知っていますか?」
「は、ハロゲンですか?あの、ハロゲン族の元素は、えっと、フッ素(F)より始まり、周期表を縦に塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)、アスタチン(At)が含まれます。ただしアスタチンについては安定同位体が存在しないので詳しい物性が不明です」
「ゆっくり答えてくださって結構ですよ。よくわかりました。おおむね合っています。ではその特徴を述べてください」 
「そうですね、ハロゲン族には特有の刺激臭があり「塩素臭」と一般に呼ばれる匂いを持ちます。この族では、常温常圧でフッ素と塩素が淡黄色の気体であり、そして…臭素が沸点の低い赤褐色液体であり、ヨウ素は昇華しやすい紫の金属光沢のある固体とアスタチンが…たぶん固体を呈します」
「そうですね。いいでしょう。では化学的な性質はいかがですか?」 
「はい、単体は二原子分子で存在しますが、自然界では反応性が高いために必ず化合物として存在します。ハロゲン族は、いずれもイオン化しやすく、一価の陰イオンとになります。だから、陽イオンと塩を作って安定に存在するのです」
「じゃあ、酸性を示すハロゲンの化合物はどうなりますか?」 
「えっとですね、水素との化合物が水溶液中で強い酸となるのもハロゲン族の特徴です。たとえばフッ化水素(HF)の水溶液であるフッ酸はガラスを溶かすほどの強酸であり、ガラス瓶ではなくポリエチレン容器などに保管しなければなりません。このフッ酸の性質を利用してガラス製器具の目盛を刻む薬剤として利用されます」
「なるほど。フッ素以外のハロゲンはどうですか?」 
「フッ化水素ほどではありませんが、塩化水素(HCl)の水溶液である塩酸や臭化水素(HBr)の水溶液の臭化水素酸、ヨウ化水素(HI)の水溶液のヨウ化水素酸はいずれも強酸です」
「じゃあ、横山さん。なぜハロゲン化水素は水に溶けると強い酸になるのですかね」 
「つまり、えっと、こうです。ハロゲン化水素は水に溶けると完全電離し、プロトン(H+)を放出させるからです。ハロゲンと水素の電気陰性度はさほど変わらないのですが、ハロゲンがイオン化すると水素イオンの数倍にもイオン半径が大きくなり、反対に互いの静電気力は弱くなるからプロトンが放出されやすくなる、つまり電離しやすくなるのです」
「よくわかりました。たいへんよく勉強しておられますね。では最後に、ハロゲン族の工業的な用途などを簡単に述べてください」 
「はい。ハロゲン族元素は単体で強力な酸化剤として働きますので、この性質を利用して殺菌消毒剤や漂白剤として用いられます。ただし、塩素ガスなどをそのまま利用するのは危険すぎますので次亜塩素酸塩のアルカリ性水溶液にして安定化したものを家庭用漂白剤として利用されます」
「オッケーです。横山さん、大変よくできました。以上であなたの試問を終わります。次の方を呼んでください 」
「ありがとうございました」
あたしは立ち上がって一礼し、下がった。 

やっと窓の外の景色に色がついた。
新緑だ。