私たちの小学生から中学生のころには青春物のドラマがよく観られていた。
私はあんまり興味がなかったけれど『われら青春!』とかその前の『飛び出せ!青春』なんかがそうだ。
太陽がくれた季節」(青い三角定規)は「飛び出せ青春!」の主題歌である。

男の子で体育の得意な子たちは、こぞってそういうのを見て「今週の見たか?」「見た、見た」「レッツ・ビギン」なんてやっていた。

太陽学園という、落ちこぼればかりが集まる高校が舞台で、みんないい奴ばっかりなんだよ。
喧嘩もするけどすぐ、仲直りして…女の子は生意気で…
『飛び出せ!青春』は河野武範が顧問のサッカー部の話だったと思うけど、続きの『われら青春!』は中村雅俊が顧問のラグビー部の話だったはず。
『われら青春!』のテーマ「帰らざる日のために」(キャンディーズ)はめずらしいものです。

今、ラグビーワールドカップ日本大会で、やっぱり『スクールウォーズ』が取りざたされるけれど、私たちのころは『われら青春!』のほうが身近だった。
もう亡くなった叔父が『青春とはなんだ』という夏木陽介主演のラグビードラマが良かったと言っていたが、その流れで『われら青春!』があったんだろう。
この『青春とはなんだ』は石原慎太郎の小説がもとになっているらしい。

そのころの日本人は、サッカーよりもラグビーに血沸き肉を躍らせていたようだ。
そもそも早慶戦は野球よりもラグビーだろう。
私たちの通っていた普通の市立の中学校でもラグビー部はあった。
あの独特の形のボールを、私たち女子も近くで男の子が磨いているのを見ている。
高校になれば、男の子たちは冬になると体育の授業でラグビーボールを追いかけていた。
おデブも、細いのも、みんなヘッドギアをつけてやっかいなボールに振り回されていて、けっこう笑えた。

「一人はみんなのために、みんなは一人のために」というラグビーの精神論を現した言葉は、その由来を知らなくてもクラスの壁に貼ってあったのを覚えている。
たしか、小学5年生の教室の前の黒板の上に、放送スピーカーにならんで、貼ってあった。
私も、学友たちもそれがラグビーに関係する言葉だとは知らなかったはずだ。
それを知ったのは山下真司主演の『スクール・ウォーズ』だったと思う。
「食いしん坊バンザイ」のお兄さんが、何をやってもダメな生徒を集めて、ラグビー部の監督として花園を目指すというドラマだ。
この話は山口良治(元日本代表)と伏見工業高校での実話をもとにしていることで当時から有名だったドラマである。
テーマソングの麻倉未稀「ヒーロー」はカラオケでも人気だった。原曲はボニー・タイラーのもの。

リーチ・マイケル日本代表チーム主将が、ニュージーランドから日本にやってきたのは彼がまだ高校生だった。
日本の北海道の札幌山の手高校に入学し、そのまま日本で生活してきた。
彼の来日の目的は、好きなラグビーで貧しい家族を養いたいという一心だったという。
それもラグビーの指導者になってだそうだ。
人一倍、努力家のマイケルは、日本代表のキャプテンになってワールドカップを狙えと高校時代の監督から激励される。
東海大に進み、社会人になって東芝を率いてラグビー一筋に生きてきて今、日本代表のキャプテンの地位にいるのは、リーチ・マイケルにとってシナリオ通りなのだ。

この「黒ひげ危機一髪」に似た(失礼)、人懐っこい男は、ラグビー日本の救世主なのだった。
彼は日本の女性と結婚し、日本人に帰化した。
本来マイケル・リーチと名乗るところを敢えて、日本人のように姓名の順に「リーチ・マイケル」と呼んでくれという。
日本人と外国人選手との橋渡しになり、日本人の心を自ら体得し、外国人選手に授ける努力を惜しまない。
国歌「君が代」の歌詞を「さざれ石」の理解から始め、「我々のような小さなさざれ石が集まって、一つの強固な巌(いわお)となり、苔が生えるまで努力と我慢を続けて、歴史を刻むのだ」と、宮崎の「さざれ石」の前で誓ったのだった。
日本人でさえ忘れかけていたものを、リーチ・マイケルは思い出させてくれたのである。

その気概が、強豪アイルランドを破るに至った。

リーチは、俳句もやるそうだ。
私には彼が武士に見えて来た。

もしかしたら、日本チームは栄冠をつかむかもしれない。