「北帰行」を書いていて、懐かしいものを思い出していた。
あたしが車の免許を取ったときはオートマ車は高級車にしかなく、教習車はすべてマニュアルでしたね。
当然「オートマ限定」なんていう免許はない。
「半クラッチ操作」「坂道発進」で、まず運転の難しさの洗礼を受ける。
最初のつまづきを経験するのよ。
あたしはまだ若かった(二十歳になったばかり)から、何度どやされてもメゲなかったけど、ある程度の年配の生徒さんで、「もうやめた」と途中放棄する人もけっこういた。
「なんでこんな若僧に言われなあかんねん」とぼやいて帰るおじさんもいたのよ。
ま、それはともかく、仮免まではすったもんだありましたが、路上に出るとあたしは、めきめき頭角を現して卒業しました。
機械慣れが早いのは、叔父や男の子たちとよく遊んでいたからかもしれません。
「リカちゃん人形」でおままごとばかりやってたら、こんなに早く車に慣れなかったかもね。

車と言えば、セダンのフェンダーミラーからドアミラーに流行が変わってきた時代でした。
キャブレターがなくなって電子制御になったんで「チョーク(暖機運転)」が運転席からなくなった。
パワステも中古車にのみ存在し、新車はみんなパワステだった。
パワーウィンドウも高級車から順次、装置されるようになり、クレスタなんか乗せてもらって「ええなぁ、ほしいなぁ」と思ってた。
あたしは結局、ホンダのシビック(赤)のマニュアル仕様を買ったのだけどね。
途中、カローラⅡSRのマニュアルを中古で買って、二台所有していた時期がありました。
バブル期だったんで、バカやってました。
旦那がジムカーナにのめり込んでね、あたしもついていってましたけど。
旦那はトレノを改造して乗ってました。
それならシルビアのほうがいいとあたしは言い、意見が食い違って…楽しかったですよ。
シルビアは所詮、峠用なんですよ。
FR車ですからね。
スープラみたいな高いのにも興味あったんですけどね。

車の免許を取ったのと同じくらいの時期にパソコンも持ってました。
PC-8001というNECが誇る往年の名機ですよ。若い人は知らんでしょう?
だいたいNECっていう会社は、今もそうだけど、放送局の送信機なんか作ってる通信機器メーカーだったのね。
真空管時代でもNECや東芝は国産真空管のトップメーカーでした。
キロワット級の送信機の終段管なんてのはダルマみたいに大きくて、こんな大きな真空管を作れるのはNECをおいてほかにない。

あたしの学生時代はテレビはブラウン管の時代で、ラジオはトランジスタの時代でした。
パソコンだって、CRTはブラウン管だったよね。
大学の大きなコンピュータはパンチカードでフォートランとかコボルを走らせてた。
そんでも「最先端だ」って鼻息荒かったもんね。あたしたち。
円周率をはじき出すのに「何桁」まで「何秒」だとか競ってた時代ですよ。

車の助手席はカセットテープが散乱してて、FM放送でエアチェックしたのを車で聴くの。
さすがにオープンリールの時代ではなかったけれど、オーディオファンの間では、まだまだオープンリール録音がされてた。
ビデオなんてのは最新の電化製品で、初任給でビデオデッキを買うのが流行りだった。
「やっぱ画質はベータやで」
「VHSのダブルデッキのほうが使い勝手がよさそうや」
などなど、何のこっちゃわからんでしょう?
DVDやHD、動画配信の時代に過去の遺物となってしまったビデオデッキ。
ソニーや東芝の「ベータ方式」とビクター、ナショナル(現パナソニック)などの「VHS」方式が対立し、ユーザーも二分する「関ケ原」状態だったんです。
まず東芝がVHS側に落ち、ソニーの孤軍奮闘となってしまった。
一部の熱心なソニーファンに支えられてベータは生き残ったけれど、衰退は火を見るよりも明らかでした。
あたしも「ベータPro」を初任給で買っちゃった口です。
あのデッキはどこへ行ったのだろう?

ミニコンポも流行りでね、ダブルカセットデッキが普通で、レコードプレーヤーもついてて、なかなかのすぐれものでした。
「オートリバース」「ワウフラッター」「レックミュート」「ノイズリダクション」「キャプスタン」「メタルテープ」もう死語ですね。
それに売り出し中のCDも聞けるとなれば、欲しくなるのよ。
貸しレコード店が駅前にあったりして、そこでレコードを借りてはカセットに落としてライブラリを増やすのに時間を割いてた。
みんなやってたなぁ。

そんでアマチュア無線でしょう?
こんなものを今やってる人は、コアな人ばっかりでしょうからね。
パソコンだって、パソコン通信とかモデム、RC-232Cケーブルなんて懐かしいでしょう?
9600ボーなんて単位がありました。
ビッグローブはそのころからNEC系でプロバイダやってましたね。
あたしもNECのノートパソコンを買いました。
タワー型のバリュースターも買いました。
分厚いノートと、かさばるタワー型でインターネットが家に来たわけです。
光通信なんてまだまだ夢物語でね、ADSLが最新だった。
あたしのケータイデビューはピッチでしたしね。
長いことピッチで頑張ってましたよ。
スマホデビューは三年前で、えらい後悔しました。
すぐ割れるし(今も割れたまま)、タッチパネルは老人の乾いた指では使いにくいし、見えにくい。
こんなもん、ガラケーのほうがなんぼ良かったかしれません。
アマチュア無線を捨てなくて良かったと今は思ってます。

PC-8001のころは手作りの楽しさがありました。
機械語のダンプリストを打ち込んで、デバッグして、やっと動いたブロック崩しゲーム。
ハンドアッセンブラに挑戦して爆沈しましたっけ。
PEEKだのPOKEだの、レジスタに書き込んで読みだして…

技術の発達が早すぎて、あたしが追い付かない。
もう人工知能の時代で、IoTだとぬかしおる。
ラジコンで、八釜(やかま)しい音を立てて、ひまし油臭い燃料の排気ガスを嗅ぎながらやっていたのが、ドローンというおもちゃみたいな無臭の装置が簡単に空を自在に飛びおる。

コンビニはなかったし、おせちを宅配で届けてもらうなんていうことは、恥ずかしいと思った時代だった。
お正月には「きれいな晴れ着を写そ、フジカラーで写そ!」と、お父さんが重い一眼レフカメラを三脚に立てて家族写真を撮りました。
それが今どうですか?
三が日からコンビニもスーパーも開いてるし、おせちは高級料亭のものが自宅に届くし、観られないくらいの正月番組をHDに録画し、年賀状などは「あけおめ」でサーバーがパンクするし。

あたしはせめて、正月くらいはITから離れたい。
利用しまくっているあたしが言うのもなんだけど、アマゾンや生協が悪いねん。きっと。
正月はね、アマ無線のニューイヤーパーティに参加してね。
ログは大学ノートにざらざら書いていくだけ。
ぶっちゃけ、世の中うっとおしくなってきただけ。
酒の味が変わらないことを祈って、せめて食うことだけは昔のままでいたいと思うのです。
「こんな世の中にだれがしたぁ!」
と、くだまくあたしが、あたしだけではありませんように。