「化学を専攻する」ってどういうことですかって塾生の女の子に訊かれた。
こういう質問を受けたのは初めてだったので、どう答えたらよいか、正直なところ戸惑った。
「あなたは、化学に進みたいと思っているの?」と反対に訊いてみたら「そう」だと言う。

私が専攻した学問は「化学」といっても「工業化学」つまり「工学部」であって、「理学部」の「化学」とは趣が異なるという前提を話し、純粋な「化学」という学問を究めたわけではないことを含みおいてもらった。

「工業化学」とは、文字通り、産業の利用を目的とした化学であり、こんにちでは「環境化学」も含めて考える分野だと私は理解している。
ふり返ると、次のような授業があった。
・油脂工業化学→石鹸、動植物油、界面活性剤
・染料工業化学
・高分子化学→ゴム、合成樹脂、繊維
・農芸化学→肥料、農薬
・香粧品科学(香料化学)
・食品化学(栄養学)、発酵、醸造化学
・薬品工業化学→医薬品、工業用薬品
・窯業(ようぎょう)→陶磁器(セラミックス)、セメント、ガラス工業
・冶金(やきん)、鍍金(めっき)、電気化学(電池を含む)
・紙、パルプ
・無機工業化学→鉱酸、無機塩、アルカリ、鉱業、金属精錬
・燃料工業化学→化石燃料、原油及びナフサ、石炭液化
・有機合成化学→C1化学、エチレン、芳香族化学
・分析化学→定性分析、定量分析、機器分析、解析の方法
・化学と公害→その歴史と未来
ざっと四年間でこのような専門科目を履修する。
大学が違っても、カリキュラムはほぼ変わらないはずである。

すべて「工業」とか「産業」に直接かかわる授業であり、もちろんこれ以外に、「純粋化学」的な授業も追加される。
「物理化学」や「電子軌道論」とか「核化学(量子化学)」および「科学史」などである。

そして英語とドイツ語(大学によってはフランス語)が必修であり、実験の実験報告書のいくつかを英文で書かされるはずである。
なお実験は物理実験、一般化学実験に加えて、専門の有機合成化学実験、油脂工業化学実験、電気化学実験、分析化学実験と次々に実験攻めにされる。
白衣はだんだん、薄汚れて、ドドメ色になって、体からは妙な匂いが立ち昇って、女子としては最低の様相を呈してしまうのだった。
各実験報告には報告書提出が義務付けられ、それぞれ「口頭試問」がついてきて、B判定以上でないと及第できず、C以下なら再履修ということになり、翌年に下級生と一緒にやり直すことになる。
恐ろしいのは「口頭試問」に一部「英語で」やらされるものがあることだろう。

だいたい、英語でペーパー(論文)を書いたり、オーラルセッション(口頭発表)することは、卒業し、院に進めば当たり前に要求されるのである。民間の研究員になったとしても、企業の規模によっては学術発表をさせられる機会が訪れるだろうし、そのときに恥をかかないようにとの親心で試されるのである。
アブスト(アブストラクト=緒言)ぐらいは英語で書きなさいと言われる。
手書きは印象が悪いので、英文タイプライターを買いましたよ。親に無理言って…ワープロなんてない時代でしたからね。

文系を私は知らないが、理系はアルバイトなどしている暇はなかった(麻雀をしている暇はあったけど)。

化学を通して世間を見るという目は養えたと思う。
それまでは原油価格がなんで「トイレットペーパーの価格を押し上げるのか」まったくわかっちゃいない「お子様」だったから。
油田が中東に密集しているという不思議、原油からプラスチックができる不思議、空気と水が「タダ」という誤った考え方、などなど、目からうろこのことがいっぱい学べたのは大学のおかげである。

そのまま社会に出ていたら、とんでもなく「お目出度い」人になっていただろう。