外は寒い木枯らしが吹いているが、あたしたちの高校の教室は暑いくらいに暖房が効いていた。
古文の授業だった。
「はい、ここの『あやしうこそものぐるほしけれ』の訳は、R命館大学の過去問などにも出題されています。横山さん、どうですか?」
「え?あたし?」
「つれづれなるままに、ひぐらしすずりにむかひて…の序段のところです。現代語に訳してみてください」
「はあ…きちがいじみて、とても苦しい感じがする…みたいな意味でしょうか?」
あたしは、なんとか答えた。
「そうですね、きちがいという言葉は、昨今、あまり使わないほうがいいでしょう。人権侵害になりますからね」
阿久津蓉子先生がそう言うと、どっと、教室に笑いが起きた。
あたしは赤くなって下を向く。
『徒然草』は大学入試で頻出のテキストだった。
「では、文法的に重要な事柄がここに含まれています。佐々木さん、わかりますか?」
「はい、こそ~けれという係り結びが使われています」
「上等です。では、この効果はなんでしょうか?」
阿久津先生は「上等です」が口癖だった。
佐々木菜美恵は、それに、
「強調です」
と、すかさず答えた。
「そうですね。上等です。この部分は「きちがいじみた」よりも「ただごとではない」とか「妙に不思議な」くらいの意味で勘弁していただきましょうかね。横山さん」
「はぁ。そうですね」
また、くすくすと教室のあちこちから笑いが聞こえた。
「この部分は、気持ちが高ぶって、書かずにはおれないという吉田兼好の気持ちが表れていると解釈されます。なかなか一つの訳にとどまらない、深い意味がありそうです」
先生が続けた。

あたしは、進路を決めかねていた。
理系か文系か…
何になりたいのか?
親に相談しても、父は「好きにしたらええ。お前ひとりくらい学校にやれるくらい金はあるわい」と言ってくれた。
母も父と同じ気持ちだったが、理系にはあたしがついていけないのではないかと不安がった。
「浪人してまで大学に行ってほしくないからね」と、くぎを刺された。
実際、あたしのお成績は、数学にしろ、物理にしろあまりよろしくなかった。
英語と化学がまあまあできて、平均点を上げてくれた。
現国と古文、世界史、日本史、生物はあたしも含めて、皆さんよくできた。
これを赤点取る生徒はほとんどいなかったのではなかろうか?
※あたしは生物の穴埋め問題で、誤って順番を一つずつずらしてしまって五十点台という恥ずかしい点を取ったことがあった。今も悔しく思い出す。

関関同立…大阪では有名私立大学と言えば、このように呼ばれていた。
国立では京大をトップに、阪大、神戸大、奈良女子大、滋賀大が続き、公立では大阪市大、大阪府大、京都府大、京都工芸繊維大学、神戸商船大などが続いた。
※神戸商船大学は今はない。

あとは滑り止めに、近畿大学、龍谷大学、京都産業大学、大阪経済大学、大阪工業大学、大阪電気通信大学、甲南大学、摂南大学、大阪産業大学などの私立大学を目指す者も多かった。

寒いこの季節、「あの頃」を思い出す。
梅田に参考書を買いに行き、帰りに天満の天神さんに願をかけに行ったな。

あたしは、思うのだけれど、大学入試は易しくして、みんなを入れてあげたらいい。
そうすれば、出題者の大学の先生の負担も少なくなるし、出題ミスもなくなるだろう。
大学は卒業を難しくするべきだと思う。
18歳くらいで自分の適性なんかわかりゃしない。
大学に入ってやっと、自分の進む道が見えてくるものだから。
そのときにバイトや麻雀なんかしてないで、シャカリキに勉学に励むのよ。
だめならさっさと中退して別の道を行けばいい。
もう大人なんだから。
「あの四年間」はとっても貴重な時間だった。
それは言える。

つれづれなるままに、ひぐらしすずりにむかひて、こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなくかきつくれば あやしうこそものぐるほしけれ…