やへむぐら(八重葎)しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり (恵慶法師)

この和歌は百人一首でも有名な一首であり、『拾遺集』の秋の項に載せられているらしい。
「らしい」というのは、私は『拾遺集』を持っていないから、百人一首の解説本に依拠するしかないのである。

現在、梅雨の真っただ中で、もうすぐ祇園祭という夏に、なにゆえ秋の歌を取り上げたかというと、「やへむぐら」が私の家で真っ盛りだからだった。

ヤエムグラ
これが「やへむぐら(やえむぐら)」である。
この葉には細かい硬い棘のような毛が生えていて、それが衣服の布によくくっつくのである。
観察すると、茎にも引っかかる棘が生えていて、やはり着衣にくっつく。
この茎の断面が真四角なのも面白い。
恵慶法師が「やへむぐら」と詠んだのは、この植物ではない可能性が高い。
もちろん、秋にも「やへむぐら」は生えているだろう。
解説などを読むと、手入れのされていない屋敷に無造作にはびこるつる性の植物一般を「むぐら」と平安朝のころには認識されていた。
その「むぐら」がたくさん(八重に)壁などを這い上がっている様を「やへむぐらしげれる宿の」として、うらさびしい雰囲気を表現しているのだということだった。

実は、今の時期のヤエムグラは、はびこるほどの勢いはなく、壁の手前の地面で、これからいよいよ伸びるぞという「ため」の時期だと思う。
秋にはそれこそ「八重」も「二十重」にも壁を伝うだろう。
だから夏の時期に、草刈りされて、はびこる前にヤエムグラは淘汰されるのが常だった。

つまり、ヤエムグラなどのつる性植物を、野放図に屋敷の壁にはびこらせた主は、もはや「家の手入れなどしない無精者」であり、秋も深まったころ、そういう宿に泊まらざるを得ない、旅の僧の寂しさを詠んだのだろう。
江戸時代の『柳多留』にこの和歌をパロディにした次の川柳がある。

やへむぐら しげれる宿の 無精者


まさに、無精者の家はヤエムグラが屋根まで伸びているような状況なのだった。
恵慶(えぎょう)法師は花山天皇のころの人で、天皇の行幸に同行したこともある歌人だったが、詳しい来歴はよくわからない。一説に播磨の国の人とある。

まだ秋には遠いのに、我が家にはトンボが羽を休めていたりする。

トンボ
これはたぶん「ウスバキトンボ」ではないかと思う。
「ショウリョウトンボ」と呼ぶ人もいるが、これは「精霊送り」のころ、つまりお盆に盛んに飛び回るからだろう。
春から秋にかけて見られる、ごく普通のトンボである。

夏の庭は、雨でジメジメしているが、こういうお客もいるので楽しい。
そうそう、クマゼミの抜け殻を今年初めて、門柱で見つけた。
彼らもまた、私の庭から巣立っていったのだろう。