古新聞を古紙回収に出そうと整理していたら、池江璃花子さんの笑顔の写真がいくつも紙面を飾っていたことに気づく。
そういえば、彼女は白血病を克服して再び競技のステージに返り咲いたのである。
快挙と讃えるにふさわしい結果を残したようだ。

並々ならぬ努力の賜物だろう。
もはや東京オリンピックは無理と本人も諦めていたそうではないか。
それがどうだろう。
他の追随を許さない結果だった。

反対に、門外漢の私は思うのである。
彼女に一人勝ちさせた、日本水泳界の不甲斐なさを。
将棋の世界で、藤井聡太さんが、連戦連勝を成し遂げたことがあったときも、それを許した棋界の不甲斐なさを私は感じた。
一人の天才の出現に、何もなしえなかったのか?

池江さんの話に戻すが、彼女がブランクの間、新しい人たちは何をしていたのだろう?
みな同じスタートラインに立っていたはずだ。
絶倫男の瀬戸大也を抜く選手は、やはり出なかった(呼び捨てで済まない)。
私生活が乱れていても、結果を出せば、それでいいのだ。
人格が泳いでいるわけではないのである。
もっとも「健全な肉体に健全な精神が宿る」とおっしゃる諸先輩方は多いのも承知しているけれど。
早逝した柔道の古賀稔彦さんがそういう方だった。
残念でならない。
古賀さんは、暴力指導をもっとも嫌ったと伝わっている。
楽しい柔道、たとえ弱くても、柔道をやったことで必ず人生に残るものがあると信じて、子供たちへの指導に当たった姿に私は感動した。

瀬戸は勝てればいいという選手なのかもしれない。
レースは、格闘技と違って、それくらいの気持ちがないと100分の1秒を争えないのかもしれない。
古賀さんは「精力善用、自他共栄」を唱えられた。
瀬戸は「精力善用」とは程遠い生活をしていたようだ。
それでもオリンピアンだから、わからないものだ。
結果オーライの世界もあるし、古賀さんの世界もある。

私は、池江さんの快挙を喜びたいし、これからも応援したいけれど、瀬戸君には「そのうち、ほえ面かくなよ」と言いたい。
絶倫なんだろうねぇ。うらやましいねぇ。
どこを賞賛してんだか…
まあ、私はアスリートとかスポーツマンとは縁遠い生活をしていて、自堕落なので、古新聞と一緒に美談を捨てまする。