「ホトトギスの4S」と呼ばれた俳人の中に、水原秋櫻子(しゅうおうし)と高野素十(すじゅう)がいる。
※あとの2Sは山口誓子と阿波野青畝(せいきゅう)である。

秋櫻子と素十はともに東大医学部(東京帝大医学部)出身で、卒業後の職場で先輩後輩の仲だった。
二人は医師らしく、「客観写生」を俳句の基礎とした俳人であった。
秋櫻子も素十も法医学の研究に勤しみ、血清学を専攻したという。
のちに秋櫻子は昭和医専(現昭和大学)の産科教授に就任し、宮内省侍医の一人として多くの皇族の出産に携わった。

一方で素十は東大俳句会に所属し、「ホトトギス」で入選するなど、写実性の高い作句を得意とした。
新潟医大(現新潟大医学部)からドイツ留学、そして再び新潟に戻って教鞭をとり、定年退官後、奈良県立医大教授に招聘され、奈良に移り住んだ。
戦後は、京都市山科区に居を移し、奈良県立医大を退職するまでいたが、1972年に神奈川の相模原に転居し1976年83歳の生涯を閉じた。

素十は昆虫の観察をよくし、巧みに俳句に生かした。
山本健吉が「単純化の極致」と褒め、高浜虚子の唱えた「客観写生」をもっとも実践した俳人と評される。
虚子がいみじくも秋櫻子と素十を比較した論文を「ホトトギス」に発表したことは興味深い。

翅(はね)わって てんたう虫の飛びいづる (素十)

てんとう虫の飛び始める様が、「翅を割る」という甲虫に対する観察力の鋭さを表している。

私の好きな素十の句である。

それにしても理系の俳人の多いこと。