従弟の浩(こう)ちゃんは、六年生なのに「おねしょ」をする。
それにすぐにおなかをこわす。

子供だけで市営プールに行った帰りに、おなかを冷やしたのか、駅で「なおぼん、うんこ」って泣きそうになるんだもん。
あたしも焦ったよ。

一応、あたし中学生だったし、やっぱ、ちゃんと面倒見ないといけないと思って、
「しんぼうできる?」
「だめ、でちゃう」
「やだよ、ここで出したら」
あたしも、来たるべき災難に冷汗が出てきた。

結局、女子トイレに滑り込んで「させた」のよ。
あの子ったら、パンツに少し引っかけちゃって・・・
「紙でふきなよ。しかたないじゃん」
「うん」
下痢便で、かなり臭い。
個室が大変なことになってたけど、そんなこと言ってらんない。
もう仕方がないから、パンツを脱がせて丸めて、浩ちゃんの水着の入ったビニル袋に押し込んでやった。
唐辛子みたいな、おちんちんがぽろんと目の前にぶらさがってる。
あたしは、腹立つから指でそいつを弾いてやった。
「痛いっ」
「半ズボン、そのまま履いちゃいな」
「うん」
半べその浩ちゃんを見て、かわいそうになった。
「ごめんね。さ、早く出よ」
「うん」

あたしが、おばあちゃんちに泊まって、浩ちゃんといっしょに寝たとき、おねしょを垂れて、みんなに大笑いされたことも何度もあった。
なんか、かわいいんだよね。
黒目勝ちの目で、ごめんなさいって謝られると、いじめたくなっちゃう。

あたしたちは、祖父母の家でよく遊んだ。
高安(たかやす)の家と親類の間では呼ばれていた洋館のあるお屋敷だった。
裏には山が迫っていて、だれのものというわけではなかったけれど、あたしたちは自由に山に入って、たくさんの「宝物」を山からもらっていた。

春になると、まだ木々は新芽をつけたくらいで、葉も落ちていて、山は明るい。
イタチとかが、ときたま前を横切ることがあった。
あたしたちは、イタチどころかタヌキの親子も見かけている。
ツクシンボやワラビ、フキノトウを祖母とかごを携(たずさ)えて採りに行ったものだ。

夏は、一変してうっそうと暗くなる。
双眼鏡を持って、バードウオッチングを楽しんだ。
ウグイスやカッコウを観察した。
ヤマユリが咲くのもこのころだったわ。
このユリを覚えておいて、秋にユリ根を掘りに行くの。
夜はホタルを取りに、ほうじ川に行くの。
ネギをちぎって、その中にホタルを入れるのよ。
電飾みたいできれいだったけど、ホタルにとっちゃ災難よね。
ネギ臭くって。

秋は、南斜面に畑があって、その土手に沿ってすすき野が広がるの。
ここから、夕日を眺めるのが好きだった。
落葉樹がもみじして、錦秋という感じです。
収穫の秋で、クルミや栗、シイの実がいっぱいとれた。

冬は、冬鳥が見どころかしら。
ジョウビタキとかがやってくるの。
シジュウカラやモズもいたわ。
切通しで、化石を見つけるのもこのころの遊び。
木の葉の化石くらいしか見つからなかったけど。


あたしはそのころ、両親の都合で町に暮らしていて、週末になるとあたしは、浩ちゃんと祖父母が住んでいる高安に、バスと電車を乗り継いで泊まりにいくのが常だったのね。

高安に着くと、浩ちゃんは待ってましたとばかりに、
「なおぼん、山に行こう」
そう、いつも誘うのよ。
あたしも、浩ちゃんと、うら山をぶらぶら登るのが好きだった。
栗の木やクルミの木を探したり、ユリ根を探したり、けっこう楽しいの。
途中の切通しでは「化石」や「水晶」を探すんだと二人でやっきになったこともあったわ。
さすがに徒労に終わったけど。

頂上付近は、一部木が倒れてて、村の全景が見渡せたの。
遠くを貨物列車がコトンコトンと走っていくのも見えたわ。

ある日、浩ちゃんが、
「うら山の地図を作ろう」
と言い出した。
あたしも宝探しの地図を作るみたいで、おもしろそうと、その話に乗ったよ。
西側から径(こみち)が山に入っていく。
すぐに頂上を目指すのではなく、山を取り巻くように、その細い道は続いていたはずだった。
鼻をすすりながら、浩ちゃんがわら半紙に鉛筆で描いていく。
そろそろ暑くなる前のうっとうしい日だった。
縁側には、茶虎の猫が喉を掻いていた。
「とらお」とだれがつけたか知らないが、そう呼ばれていた。
ほかに、「なんぎ」とかいう雄猫もいた。
文字通り「難儀」なやつだったからだ。

手水鉢に波紋が広がった。
「雨や」あたしが、つぶやいた。
「降ると思ってたんや」
と、すまして浩ちゃんが鉛筆を走らせる。
浩ちゃんの小母ちゃんが、洗濯物を入れようとつっかけを履く音がした。
前栽の植え込みがじゃまして、小母ちゃんの足しか見えない。
「ここな、タヌキの穴」
「そんなとこに、タヌキがおんのん?」
「そうや、おれ、見てん」
「親子?」
「二匹、子供がいよる」
「へえ」
得意げに、浩ちゃんが赤鉛筆で「たぬき」と書いた。
「ユリ根のあるとこって、クヌギの大きな木の下あたりやったね」
「あ、そうそう、この辺や」
浩ちゃんは、またしても「ゆりね」と赤鉛筆で書いた。
「ここ、木ぃが倒れてたやろ」
「うん、またいで越さないと行けへんね」
「この下がほうじ川や」
そうそう、かわいいせせらぎが山の東側を流れていて、サワガニが捕れるのだった。
「なおぼんが見つけたグミの木を書いとかんと」
あたしが、夏に赤いグミの実がなってるのを見つけたのだった。
サワグルミやアケビ、シバグリ、ヤマザクラ、シイの木・・・どんどん地図は宝物で埋まっていった。

あの山はもう住宅が建って、面影もない。
そして、浩ちゃんとはずっと合っていない。
高校に上がるとき、あたしは、彼からプロポーズされたのに・・・
あたしも、彼のお嫁さんになってあげてもよかったなと思っていたのに。

どうしているだろう?
行方不明のままだった。
それを知る親類縁者も、もういない。

時間が経ちすぎたのだ。

くるみ」と「お葬式」をあわせてご覧ください。