従弟の浩二と裏山に登った時のこと。
高安の祖父母の家の東側は塀が途切れて、そのまま山の斜面になっている。
便所のほうから「コ」の字型の坪庭になっていて、紫陽花(アジサイ)やツワブキ、無花果(イチジク)が茂っていてその向こうがその斜面である。
その裏山は高安のものだが、一部小川を挟んだ向こう側が慈光寺の寺域になっているそうだ。
傍示川(ほうじがわ)のにそそぐこの小川には名前がないが、村の者は「高安川」と呼んでいる。
高安の屋敷の敷地に流れていることを知っているからだ。

「なおぼん、高安川の源流を探ろうで」
「あんの?源流なんか」
「あるに決まってるやん。あの水、どっから来んねんな」
「そらそやな」
私たちは、会えば探検の計画を立てて実行に移していった。
裏山を登るには、その毀(こぼ)れかけた塀の外側をたどる。
祖父たちが、つけた小径(こみち)があるのだ。
浩二といっしょに私も登っていった。
もうすぐ新学期である。
桜もちらほら咲き始めていた。来週あたり、祖父母と、浩二の伯父夫婦と私で花見にいくことになっていたのだった。
私の両親は仕事の都合がつかず、私だけが参加するのだ。

少し登ったところから、せせらぎの音が聞こえてくる。
椎の木の林が周りを囲んでいた。
この木は小さなどんぐりが成り、食べられるのだった。
「スダジイって言うんやで」とは、浩二の知識だった。
落ち葉のじゅうたんを踏みしめながら、川に沿って歩く。

浩二はときどき、川べりの石を足でころがし、なにやら探しているようだ。
「なんか、いるん?」
「サワガニ」
と、小さい声で言う。
「去年やったっけ、水槽で飼ってたな」
「死んだ」
彼は、つっけんどんに答えた。
私はカーディガンの前ポケットに両手をそれぞれつっこみながら、浩二の後ろを歩く。
ずいぶん背が伸びたな…
一つ年下の浩二は今年、五年生になる。
川が落ち込みを作って、泡立っているところに来た。
向こう岸は慈光寺で、宝塔の九輪が木々の間から見える。
なんでも室町時代の創建だと大人たちから聞いている。

「ここから登るで、ちょっと危ないで」
見ると、斜めに走る地層を「露頭」させている二メートルほどの崖が迫っていた。
子供が手や足をかけるくらいの出っ張りや、くぼみがあり、注意すればそんなに困難な斜面ではなかった。
浩二はさっさと登っていく。
私も負けてはいられない。
登り切ったところに珍しい植物を見つけた。
「こうちゃん、これ」
「なんや?」
その葉っぱの真ん中に、小さなつぼみらしきものをつけているのだった。
はないかだ

「これは、たしか…」
浩二が小難しそうな顔で、「はな…そうや、ハナイカダや」
と叫んだ。
彼の話によると、この木の葉には花が咲いて、黒い実が成って、そして食べられると言うのである。
「葉っぱの真ん中に実が成るの?」
「そうや。めずらしいやろ?甘いで」
「奇形ってわけではないよね」
「ちゃうちゃう。そういう種類」
「へえ、ここにはたくさんあるの?」
「うん、けっこう見るよ」
と、言いながら、浩二はもう先を歩いている。

私たちが「Vの木」と呼んでいるウルシの大木の場所に出た。
ウルシの木はみんな、地上からV字に生えてそのまま大きくなるのだそうだ。
その特徴から、「Vの木」に触ったらかぶれることを認識するのである。
ただ、ウルシの木には昆虫が集まるので、子供らには人気なのである。
たいていのセミはウルシにたかる。
この木も十メートル以上はあるだろう。
セミを取るときは、浩二は竿を接ぎ足した捕虫網を用意するのだ。
同じようにして、周(めぐる)叔父は「とりもち」を使ってセミを取って見せてくれた。
周さんは、浩二の父と私の父との兄弟で、その末の弟で、大阪府立大学に通う大学生である。
叔父は、私たちにいろんな遊びを教えてくれるのだった。
最近は大学が忙しいらしく、高安の実家に帰ってくるのが毎晩遅いので、なかなか遊んではもらえない。
浩二がいろんな知識を持ち合わせているのも、周叔父の蔵書が影響しているらしい。
図鑑が読み放題なのだから。

裏山の頂上に行く道と、川に下りる道の「わかれ」に着いた。
「今日はこっちな」
「うん」
頂上へ行く道は、何度も浩二と登っている。
川に下りる道は、ずいぶん前に祖父と一緒の時に行ったきりだった。
楓の木やクヌギの木があるのだがみな葉を落としていて、道は明るい。
アカメガシワや桐も夏は顔ぐらいある葉を茂らせて道を塞ぐのに、今はそれもなかった。
ヤブコウジの赤い実、カタクリの可憐な花を見ながら北の斜面を下ると川に出た。
水の量がかなり少なくなり、水源に近いのかもしれなかった。
ガサガサっと音がした。
タヌキ

私はその方を振り向いたら、タヌキと目が合った。
猫くらいのその動物は、私を見て固まっている。
「こうちゃ…」
「うん?」
「たぬき」
私が指さす。
「あ、あいつ、うちにも来るで」
「そうなん?」
「べんじょのとこで鉢合わせしたことがあんねん」
「縄張りなんや」
「子供もいるはずやで」
「へえ。お母さんなんかな」
「そやろなぁ」
彼らは、山の土の穴などに住んでいるそうだ。
このように人里近くで生活しているらしい。
「なおぼん、ここ掘ってみ」
浩二の指すところになにやら枯れた植物の茎のようなものが土から伸びている。
「ここ?」
「その茎を、ぐりぐりして引っ張ったらええ」
言われるとおりにしてみたら、根元がぐらぐらした。
そして引くと、ぼこっと野球のボールぐらいの塊が茎についてきたではないか。
「ゆりね」
一言、彼はそういって笑う。
「夏にな、花が咲いとったんや。そんで覚えててん」
ゆりねはユリの球根だが、茶わん蒸しに入れるとほくほくしておいしいのだった。
「ばあちゃんに、茶わん蒸し、作ってもらお」
「そうしよ」
戦利品を大事にぶらさげながら、私たちは源流に近づいていった。

「どうやら、ここらしいな」
木の枝で、浩二が落ち葉の湿って黒くなっているところをぶすぶすと刺している。
「ほんまや、こんなところから水が湧いてんねんね」
「たぶんな、この下が岩盤やねん」
「さっき登ってきた岩か?」
「うん。その岩盤は水を通さへんから、その上に積もった土から雨水(あまみず)が浸みて、ここらから出てくるんや」
「こうちゃんが葉っぱの化石が出る言うてた地層か?」
「あれ、化石やなかった。あの地層は新しいねんて。周さんが教えてくれた」
「そやろ。柔らかかったもん」
「あれも、もう数万年たったら立派な化石になるわい」
「ふふふ」
落ち葉が土に埋もれて、新しい地層に取り込まれたものだったらしい。
まだ腐葉質(有機質)が残っていたのである。

高安の本家に帰って、私たちは地図を作った。
裏山の「宝島地図」だ。

楽しい思い出だった。