もうはや、桜はみずみずしい葉桜になり、藤棚には紫の房が下がり始めております。

たれこめて 春のゆくへも知らぬまに まちし桜もうつろひにけり (古今集 藤原因香の朝臣)


私の好きな「藤原因香(よるか)」の遺した、数少ない和歌の一首です。
彼女は、平安期としては、名前がはっきりしている珍しい女性です。
父は藤原高藤(たかふじ)、母は尼敬信(きょうしん)とされています。

歌意は「(病気で)引きこもっていたら、春がすぎてしまったことも知らない間に、心待ちにしていた桜も散ってしまったなあ」となりますかね。

古今集の巻二「春歌下」に収められていて、私の手元の岩波のテキストを開きますと「詞書(ことばがき)」に、病で臥せっていたらしいときの歌だと書かれています。

つまり「心地そこなひて わずらひける時に 風にあたらじとて おろしこめてのみ侍りけるあひだに 折れる桜のちりがたになれりけるを見てよめる」とあるからです。
「風にあたってこじらせないように、(すだれ、御簾)を下ろしただけで臥せっている間に、折って活けてあった桜の花もほぼ散ってしまった様子を見て歌を作ってみた」というような意味だと思います。

私はこのブログで「一寸法師」の創作を書きましたが、そのお姫様に「因香」に登場させてみました。
一寸法師が、育ててもらったじいさん、ばあさんに別れを告げて、椀の舟に乗り、箸の櫂で川を下り、都(みやこ)に出てきて、藤原の大臣(おとど)の屋敷に向かって「たのもう!」と呼ばわらせてみたわけ。
大臣を高藤(たかふじ)とし、その娘が因香ですから、ちょうど一寸法師と釣り合うかな?

御伽草子での一寸法師を、もうちょっと大人向けにしてみたかったのでね。

ほんとに季節が移ろうのは、早いなぁ。