伊与原新(いよはらしん)の「藍を継ぐ海」という去年に出た本がある
この人はNHKのドラマ「宙わたる教室」の原作者でもあり、理系の作家として注目されている
それで「藍を継ぐ海」は短編集であり、その中の「夢化けの島」がまず秀逸だった
山口県は見島という離島を舞台に、国立大学准教授の女性と、謎の若い男性が出会う話と言えばありきたりのように見えるが、その謎こそがこの物語を奥深いものにしている
見島と言えば「見島牛」という日本固有の牛がいて天然記念物にしていされていることで、少しは有名なのだが、この物語ではほぼ関係がない。点景として触れられている程度だ
むしろ本土の萩焼の歴史に深く関係している
地質学者の歩美は見島の特異な火山性地質に早くから興味を持っており、その研究調査のためにこの島を何度も訪れているのだった
その何度目かの渡航の船の中で、船酔いに苦しむやせた青年に出会う
その青年はぶっきらぼうで非礼な男だった。介抱してやっても無言で下船したのだ
忘れ物の本を置いて…
その本は薄いが萩焼のことが書いてあるものだった
自分の調査を続ける歩美だったが、1週間もたったころ、変わり果てた風貌の青年に出会う
そう、あの男だった。歩美は忘れ物の本を手渡すが、それほどありがたみを感じていないようにポケットに男は押し込んだ
髪は短くしていたが、髭は伸び放題でまるで浮浪者のようだった
彼は土を探しているようだった
訊けば、萩焼の陶土に混ぜる「赤い土」を探しているのだと
歩美は、自分が地質の専門だということを告げると、男はどこに自分が探している土があるのか情報を教えろと息巻く。男は光平(こうへい)となのった
なんとも勝手な男だった
この男がどういう素性であるのかが物語のポイントで、そこには萩焼が生まれる歴史が絡んでいたのである
萩焼は、豊臣秀吉の朝鮮出兵によってつれてこられた朝鮮人の作陶家によって興されたらしい
その後、毛利氏の命で萩焼の基礎ができあがる
当時、茶道の広まりで茶碗に使い込むほど変化が現れる萩焼が高く評価されたのだった
窯変もさることながら、使い込んでひびに茶渋が入り込んで、その景色が茶人をよろこばせたようだ
かような萩焼には、その土のブレンドに秘密があった
見島の赤土は決して萩焼の主成分ではないのに、これを混ぜるとそうでないものでは格段に品格が異なるのである
見島は歩美の研究によれば火山由来の島であるらしい
ゆえに島は玄武岩と安山岩で形成されていた
それら火山岩が風化すると長石や石英が微粒子になって陶土に適した粘土となる
長石などのケイ酸塩は高温で焼成されると溶融硬化し焼物となるわけだ
光平は東京のカメラマンだというのだが、なぜ陶土を探しているのだろう?
陶芸など興味がないとまで言うのに
伊与原氏の作品はそこかしこに理系ならではのうんちくがちりばめられている
それが衒学的と言えばそうなのかもしれないが、理系のあたしにはとてもありがたい
氏の知識は地質や岩石、宇宙、生物など多岐にわたり、おそらく好奇心から物語を編むことをライフワークとしているのだろうと推察する
氏はもともと研究者であり、宇宙の専門家であるようだ
しかし、その経験の中で挫折を味わったのかもしれない。小説家に転向したのはなにかそういった蹉跌のためかもしれなかった
女性の研究者の悲哀、男性社会で差別に苦しむ様子、日本の大学の制度の欠陥も嫌味なく描かれている
そうだ、彼の小説には挫折を味わった者たちの叫びが描かれている
科学的な知識は飾りに過ぎないのだ
コナン・ドイルやジュール・ヴェルヌの小説にどこか似ているけれど、伊与原氏の文章には挫折者の声なき声が聞こえるようだ
この人はNHKのドラマ「宙わたる教室」の原作者でもあり、理系の作家として注目されている
それで「藍を継ぐ海」は短編集であり、その中の「夢化けの島」がまず秀逸だった
山口県は見島という離島を舞台に、国立大学准教授の女性と、謎の若い男性が出会う話と言えばありきたりのように見えるが、その謎こそがこの物語を奥深いものにしている
見島と言えば「見島牛」という日本固有の牛がいて天然記念物にしていされていることで、少しは有名なのだが、この物語ではほぼ関係がない。点景として触れられている程度だ
むしろ本土の萩焼の歴史に深く関係している
地質学者の歩美は見島の特異な火山性地質に早くから興味を持っており、その研究調査のためにこの島を何度も訪れているのだった
その何度目かの渡航の船の中で、船酔いに苦しむやせた青年に出会う
その青年はぶっきらぼうで非礼な男だった。介抱してやっても無言で下船したのだ
忘れ物の本を置いて…
その本は薄いが萩焼のことが書いてあるものだった
自分の調査を続ける歩美だったが、1週間もたったころ、変わり果てた風貌の青年に出会う
そう、あの男だった。歩美は忘れ物の本を手渡すが、それほどありがたみを感じていないようにポケットに男は押し込んだ
髪は短くしていたが、髭は伸び放題でまるで浮浪者のようだった
彼は土を探しているようだった
訊けば、萩焼の陶土に混ぜる「赤い土」を探しているのだと
歩美は、自分が地質の専門だということを告げると、男はどこに自分が探している土があるのか情報を教えろと息巻く。男は光平(こうへい)となのった
なんとも勝手な男だった
この男がどういう素性であるのかが物語のポイントで、そこには萩焼が生まれる歴史が絡んでいたのである
萩焼は、豊臣秀吉の朝鮮出兵によってつれてこられた朝鮮人の作陶家によって興されたらしい
その後、毛利氏の命で萩焼の基礎ができあがる
当時、茶道の広まりで茶碗に使い込むほど変化が現れる萩焼が高く評価されたのだった
窯変もさることながら、使い込んでひびに茶渋が入り込んで、その景色が茶人をよろこばせたようだ
かような萩焼には、その土のブレンドに秘密があった
見島の赤土は決して萩焼の主成分ではないのに、これを混ぜるとそうでないものでは格段に品格が異なるのである
見島は歩美の研究によれば火山由来の島であるらしい
ゆえに島は玄武岩と安山岩で形成されていた
それら火山岩が風化すると長石や石英が微粒子になって陶土に適した粘土となる
長石などのケイ酸塩は高温で焼成されると溶融硬化し焼物となるわけだ
光平は東京のカメラマンだというのだが、なぜ陶土を探しているのだろう?
陶芸など興味がないとまで言うのに
伊与原氏の作品はそこかしこに理系ならではのうんちくがちりばめられている
それが衒学的と言えばそうなのかもしれないが、理系のあたしにはとてもありがたい
氏の知識は地質や岩石、宇宙、生物など多岐にわたり、おそらく好奇心から物語を編むことをライフワークとしているのだろうと推察する
氏はもともと研究者であり、宇宙の専門家であるようだ
しかし、その経験の中で挫折を味わったのかもしれない。小説家に転向したのはなにかそういった蹉跌のためかもしれなかった
女性の研究者の悲哀、男性社会で差別に苦しむ様子、日本の大学の制度の欠陥も嫌味なく描かれている
そうだ、彼の小説には挫折を味わった者たちの叫びが描かれている
科学的な知識は飾りに過ぎないのだ
コナン・ドイルやジュール・ヴェルヌの小説にどこか似ているけれど、伊与原氏の文章には挫折者の声なき声が聞こえるようだ