紀元前のギリシャ時代、いや、もしかしたらもっと前のどこかの国だったのかもしれない
お同じ数を二つ掛ける数、平方数に気づいたのは
平方数が特別な性質を持つことで、数学が深く考えられるようになった

平方根、平方数、二次方程式、正方形、平方完成、開平…三平方の定理と三角比
ピタゴラスが三平方の定理を見つけたようなことを信じている人が多いかもしれないが、実は彼よりもっと昔に無名の人たちが建築土木に使っていたらしいのだ

方程式は中学校で習う、数学の最重要単元である
変数多項式が等号をはさんで0で結ばれているものを方程式という
方程式の言葉は中国の「九章算術」という文献に見え、「方程」は四角形に由来するそうだ
二次方程式の解の公式の経験的な理解は古代バビロニアに起源を持つらしい
バビロニアでは二次方程式をいくつかのパタンに分けて解き方を粘土板に残していた
負の数と0は考えなかったようで、ただ平方根表を持っていたから解を実際に利用することができていたようである

紀元後8世紀になるが、アラビアのアルフワーリズミーという数学者が二次方程式の解法を図形で示したが、四角形、なかんずく正方形と長方形を用いたことでも理解できる
アルフワーリズミーは「平方完成」を図式化してくれたのである
そしてインド人の数学者ブラーマグプタが今の解の公式に近い表現をしてくれたのだった
ブラーマグプタは0と負の数を代数学に適用し、現在の数式の扱いに矛盾なく適用できるようにしてくれたのである
ただ、根号の中が負になることがある場合の説明はできなかったようである
とはいえ、負の数を面積で表現することができず、ながらく二次方程式の解が正の数一つだけという限界が残ったままだった
座標軸を考案したデカルトでさえ、負の数をありえない数として考えていたのは幾何学と代数の限界を自覚していたからにほかならない

遠く離れた中国では、紀元前1世紀(現存する注釈書が紀元後3世紀ごろ成立)ごろに著されたとされる「九章算術」のなかに正負術なる連立方程式の解法が載っていて、そこには「無入」として0の概念も散見されるには驚きである

負の数は数学的には後発のように見受けられるが、実生活では負債、損失として古代から社会の常識として受け入れられていたのである
0に関しても深く考えなかった人々が大多数だった(生活に支障がない)が、十進数の桁、位(くらい)を表現する記号として早くからインド、バビロニアあたりで使われていたわけだ

中世ヨーロッパでは負の数に対して「ばかげた数」、「不条理数」などと散々にこきおろされていたのであった。代数学の父とされるフランスの数学者ビエトも負の解を排除したのである

こういう歴史を経て、現在の「自然数」に0を含まず、正の整数のみの集合とすると定義されるに至った

0をはさんで負の数、正の数を並べる数直線をイングランドのウォリスが、座標をフランスのデカルトが考えたのに、負の数の集合は「偽りの数」と呼ぶのである
天才パスカルも負の数について誤った考えを自著「パンセ」で述べている
彼は「0-4=0」だと言って憚らなかった
中学生諸君、大いに笑ってやれ
スイスの数学者オイラー、ドイツの数学者ライプニッツも負の数を、無意味だが計算するために認めたという立場だった

このような矛盾した数の概念が数学を混乱させていたのである
今の中学生が混乱してしまうのも当然なのだった
まともな説明をしてくれ!

何世紀もの数学の歴史を中学の三年間で詰め込まれるわけである
ついていけない子がいて当然だろう
解の公式などがその典型で、この公式を人類が手にするまで、つまり理解するまで、それこそ1千年くらいかかっているのだ
それも天才と称される学者が寄ってたかって導いてきたのである

さて、そのうえで中学生にもわかるように私は何をすればいいのだろう?
私も凡人中の凡人である
負の数×負の数がなぜ正の数になるのか
その説明は枚挙にいとまがないほどある
どれも私は、心底、納得していないのである
オイラーだって、ライプニッツだって「変だよな」、「無意味だよな」と言っているのだ

デカルト座標の中では明らかに負の数が現れて、そうでなけりゃ数学を語れないほどだ
ガウス平面でも同じだ
こっちは虚数である
名前からして「うそ」「いつわり」である
中学を卒業して高校に入るといきなり「虚数解」の洗礼を受けるのだ
こうして数学嫌いが大多数派となり、数学が好きというと「変わってんな」と言われるのである
数学は一般世間からすれば「おかしい」のかもしれない
算数の時はやさしかったのに数学になると、とたんに非人間的になるのだった

解の公式を導くには、かなり高度なテクニックを用いる
平方完成という、図で表せば正方形の面積を求める式なのだが、数式をいじくっているときには機械的なので何をやっているのかわかりにくいのである
平方完成のテクニックは二次方程式のグラフの頂点座標を求めたりするときにも使われるので、マスターしておきたいのだが、たいていの生徒はつまずいてしまって、起き上がれない状態だ
そして因数分解のx²-y²=(x+y)(x-y)の公式を使う
ここでため息がでてしまう
「そんなの思いつかねぇよ」
だから、解の公式を暗記してくださいと言うほかないのである

導く手順は、技巧的で味わうには面白いが、じゃあ試験中にわざわざ導くのか?それはお勧めしない
限られた時間で解答せねばならないときに、それはない
これはあらゆる公式に言えることなのだが、先人が暗記せよと言っている公式は暗記するのが一番、失敗が少ないのである
三角関数の加法定理などが典型だろう
これは図を描いて導くのだが、とても込み入った図になりがちで、暗記したほうが無難だ
反対に、円の方程式とかそれの極形式は単位円から簡単に導けるし、三平方の定理はわかりやすいのでそれがあれば暗記するほどのものではない

数学で自己肯定感が下がるのだけは避けてやりたい