私が手伝っている塾で子供たちから受ける質問の中で、多いものの一つに「海の水はなぜしょっぱいのか?」がある。
ほかに「空が青いのはなぜ」など、だいたいパターンが決まっているし、たいてい義務教育の中で解決されるものばかりだ。
おそらく理系の大学を出た人なら、同じ結論を答えるだろうが、子供たちをうまく説得できるかどうかは、その人の力量というか「文系アタマ」が、どれだけあるかにかかっている。
ところで、私はここで教育論をぶつつもりはない。
海水がしょっぱいのは、原始地球が塩酸酸性の海水で覆われていたと辞典などを調べれば書いてあると思う。
その強い酸が岩石を溶かし、岩石中の大量のナトリウムで中和されて、塩化ナトリウムを作り、現在の海水の塩分濃度となったもので、岩塩は塩化ナトリウム結晶が堆積し、地殻変動で地層を成して地中に埋没したものらしい。
美しい景色で有名な「ウユニ塩湖」のようなものが、原始の地球には地表にたくさんあったのだろう。
※参考文献「海のはなし Ⅰ~Ⅴ」(海のはなし編集グループ編、技報堂出版)など
このような想像は楽しいものだが、一つの疑問が湧く。
塩(えん)はアルカリと酸の化合でできるものだが、それはなにも塩化ナトリウムだけではないはずだ。
たしかに、海水から得られる塩(しお)には、塩化マグネシウム(にがり)、塩化カリウムなども含まれてはいる。
しかし圧倒的に塩化ナトリウムが多いのである。
元素周期表を見てみよう。
こういう疑問に示唆を与えるのは元素周期表なのだ。
ビッグバン(宇宙の誕生)で素粒子から水素が生まれ、核融合でヘリウムが生まれ、だんだん宇宙が冷えていくにつれ星々が生まれていく。
ここでいう「星々」とは自らが光る恒星のことと思ってもらいたい。
星々は、融合、爆発を繰り返し、その内部では核融合がさらに重い元素を作り出す。
周期表をみると、Na,Mg…Cl,Ar,K,Caと軽い順に重い方に並んでいることがわかる。
周期表は実は、まるめて筒(つつ)にするとわかりやすい(京大エレメンタッチ参照)。
筒状に貼り合わせると、上に挙げた系列は不活性ガスのアルゴン(Ar)を中心に隣合わせに位置している。
アルカリ金属とハロゲンはもっとも化合しやすく、安定なアルゴンの電子配置になろうとする。
だからNa とCl(ハロゲン)はベストパートナーにふさわしい。
カリウムよりナトリウムの方が原子番号も若いので、先に生まれたとも考えられ、カリウムより塩素と出会う可能性が高かったのかもしれない。
地球のような惑星でも、生まれた当初は火の玉状態で、溶融した物質が混然一体となっていたが、重力により、重い元素がコア(中心)を形成し、液体特有の対流によって地表には軽い物質が残ったと考えられる。
身近な例で言うと、溶鉱炉で鉄鉱石を高温で融解する場合、重い鉄は下に、表面には皮のように温度の低いものが張り始める。
この皮が、軽いケイ素などだ。
つまり溶鉱炉は地球の縮図であり、コア(固体)やマントル(対流層)はほぼ鉄なので、地球はそれ自身が磁石になっている。
また一般的な恒星の一生では、核融合によってできる元素は、鉄が最大らしい。
そういった恒星が一生を終えて爆発し、ふたたび重力によってまとまり、太陽のような小さな恒星や地球のような岩石惑星、恒星になるほど大きくなくガス惑星となってしまった木星などができ「太陽系」を形成したと天文学の本には書かれている。
すると、地球が鉄の多い惑星になったのもうなずけるのである。
じゃあ金や鉛、ウランなどの鉄より重い元素はどうやってできたのか?
これはまだ謎に包まれているらしい。
核融合が起き、不安定な放射性元素が生まれ、その核分裂で安定な核種が生まれ…そのような推測はできそうだが、私たちがその証拠を手にするには、既存の核融合施設では足りないのだろう。
※石丸友里(故人)は東大で天文学を修められた先生で、最後は国際基督教大学の准教授になられたが、すい臓がんで早逝された。宇宙の起源、元素の起源を専門とされた。
ところでナトリウムイオンの対イオンである塩化物イオンおよび塩素は宇宙ではどのように生まれたのだろう?
愛媛大学の研究で、原始地球でのハロゲン、特にフッ素と塩素の生成についてある程度の予測が立ったようだ。
現在の地球上でフッ素は塩素よりも明らかに少ない(クラーク数参照:ただし岩石圏での比)。
フッ素は海水にも含まれるが塩素のほうがはるかに多い。
鉱物中では蛍石(ほたるいし)や氷晶石、燐灰石に含まれ、産業上もこれらの鉱石から得ている。
つまり、フッ素は海水よりも岩石中に多いのである。
愛媛大学の研究では、フッ素と塩素の存在比が地球内部と外殻部では逆転していることを突き止め、おそらく多くのフッ素は地殻よりもマントルに多く分布し、塩素は外殻や海洋に多く分布したとしている。
ハロゲンのうち最も軽いフッ素と、二番目に軽い塩素の挙動の違いがこうした結果を産んだのだろう。
電気陰性度はフッ素>塩素であり、金属と化合して固体の塩を作りやすく、いずれも常温では気体であるが、マントルへの溶解度がフッ素の方が塩素より高いらしく、ゆえに地球外殻(堆積)~海洋に塩素が多く分布するに至ったのだろう。
無論、原始地球の地表の塩素は単体ではなく、豊富な水素と化合して塩化水素の気体であっただろう。
水溶性の高い塩化水素ガスは、原始地球の豊富な水に溶けて、希塩酸の海を形成したのだ。
この後に起こった事は先述したとおりである。
海の水がしょっぱいのは、なにも石臼が塩を出し続けているからではない。
では大気はどうなったのだろう?
原始地球の大気は、毒性の強い、とても生物を育めるような大気ではなかったし、海も酸性の強いものだった。
金星の状況を観ればある程度その予想は立つ。
ハビタブルゾーンをわずかに外れると、金星のような地獄が待っているわけだ。
原始地球の大気は、おそらく金星のように二酸化硫黄を含んでいたかもしれない。窒素はすでに気体の多くを占めていたと考えられるが、炭酸ガスも豊富にあったと思われる。
この炭酸ガス(二酸化炭素)がのちの酸素や生物の基本構成を成す炭素の原料になったはずだ。
まず嫌気性菌が海洋に生まれ、なかでも硫黄細菌は硫黄をエサに繁茂していっただろう。
そのうちストロマトライト(藍藻類(シアノバクテリア)からなる集団)という、炭酸ガスから酸素を作り出す生物が太陽光の届く浅い海に現れる。
ストロマトライトは光合成で酸素を作った植物の祖先である。
酸素は毒性の強い気体(あらゆるものを酸化させる)で、反応性が高く、嫌気性菌とは相いれない元素だった。
しかし、その反応性の高さから、生物進化の原動力にもなったのである。
地球に豊富な金属だった鉄やリンと結びついて、生物の電源ともいえる酸化還元電池を作り上げ、細胞内で化学工場として働くようになったのである。
細胞内組織のミトコンドリアでは核酸が造られて、生命設計図(ゲノム)となった。
大量のストロマトライトと悠久の時間が、現在の窒素と酸素の混合気体「空気」を作ったのである。
生物学を学ぶと、炭酸同化作用や窒素固定化、アンモニア性窒素、硝酸性窒素などの生物代謝物としての窒素利用に触れることだろう。
不活性な窒素でさえ、地球の生物にはなくてはならない元素なのである。
窒素:酸素=4:1の容積比の「空気」にはわずかに炭酸ガスが含まれている。
その炭酸ガスが、我々の営みで、わずかに増えたために、地球温暖化が進み、巨大台風や旱魃、多雨、豪雪などのひどい環境変化を起こしているとされている。
このほど開かれるCOP26ではさらに踏み込んだ世界的な議論がなされることを願う。
ほかに「空が青いのはなぜ」など、だいたいパターンが決まっているし、たいてい義務教育の中で解決されるものばかりだ。
おそらく理系の大学を出た人なら、同じ結論を答えるだろうが、子供たちをうまく説得できるかどうかは、その人の力量というか「文系アタマ」が、どれだけあるかにかかっている。
ところで、私はここで教育論をぶつつもりはない。
海水がしょっぱいのは、原始地球が塩酸酸性の海水で覆われていたと辞典などを調べれば書いてあると思う。
その強い酸が岩石を溶かし、岩石中の大量のナトリウムで中和されて、塩化ナトリウムを作り、現在の海水の塩分濃度となったもので、岩塩は塩化ナトリウム結晶が堆積し、地殻変動で地層を成して地中に埋没したものらしい。
美しい景色で有名な「ウユニ塩湖」のようなものが、原始の地球には地表にたくさんあったのだろう。
※参考文献「海のはなし Ⅰ~Ⅴ」(海のはなし編集グループ編、技報堂出版)など
このような想像は楽しいものだが、一つの疑問が湧く。
塩(えん)はアルカリと酸の化合でできるものだが、それはなにも塩化ナトリウムだけではないはずだ。
たしかに、海水から得られる塩(しお)には、塩化マグネシウム(にがり)、塩化カリウムなども含まれてはいる。
しかし圧倒的に塩化ナトリウムが多いのである。
元素周期表を見てみよう。
こういう疑問に示唆を与えるのは元素周期表なのだ。
ビッグバン(宇宙の誕生)で素粒子から水素が生まれ、核融合でヘリウムが生まれ、だんだん宇宙が冷えていくにつれ星々が生まれていく。
ここでいう「星々」とは自らが光る恒星のことと思ってもらいたい。
星々は、融合、爆発を繰り返し、その内部では核融合がさらに重い元素を作り出す。
周期表をみると、Na,Mg…Cl,Ar,K,Caと軽い順に重い方に並んでいることがわかる。
周期表は実は、まるめて筒(つつ)にするとわかりやすい(京大エレメンタッチ参照)。
筒状に貼り合わせると、上に挙げた系列は不活性ガスのアルゴン(Ar)を中心に隣合わせに位置している。
アルカリ金属とハロゲンはもっとも化合しやすく、安定なアルゴンの電子配置になろうとする。
だからNa とCl(ハロゲン)はベストパートナーにふさわしい。
カリウムよりナトリウムの方が原子番号も若いので、先に生まれたとも考えられ、カリウムより塩素と出会う可能性が高かったのかもしれない。
地球のような惑星でも、生まれた当初は火の玉状態で、溶融した物質が混然一体となっていたが、重力により、重い元素がコア(中心)を形成し、液体特有の対流によって地表には軽い物質が残ったと考えられる。
身近な例で言うと、溶鉱炉で鉄鉱石を高温で融解する場合、重い鉄は下に、表面には皮のように温度の低いものが張り始める。
この皮が、軽いケイ素などだ。
つまり溶鉱炉は地球の縮図であり、コア(固体)やマントル(対流層)はほぼ鉄なので、地球はそれ自身が磁石になっている。
また一般的な恒星の一生では、核融合によってできる元素は、鉄が最大らしい。
そういった恒星が一生を終えて爆発し、ふたたび重力によってまとまり、太陽のような小さな恒星や地球のような岩石惑星、恒星になるほど大きくなくガス惑星となってしまった木星などができ「太陽系」を形成したと天文学の本には書かれている。
すると、地球が鉄の多い惑星になったのもうなずけるのである。
じゃあ金や鉛、ウランなどの鉄より重い元素はどうやってできたのか?
これはまだ謎に包まれているらしい。
核融合が起き、不安定な放射性元素が生まれ、その核分裂で安定な核種が生まれ…そのような推測はできそうだが、私たちがその証拠を手にするには、既存の核融合施設では足りないのだろう。
※石丸友里(故人)は東大で天文学を修められた先生で、最後は国際基督教大学の准教授になられたが、すい臓がんで早逝された。宇宙の起源、元素の起源を専門とされた。
ところでナトリウムイオンの対イオンである塩化物イオンおよび塩素は宇宙ではどのように生まれたのだろう?
愛媛大学の研究で、原始地球でのハロゲン、特にフッ素と塩素の生成についてある程度の予測が立ったようだ。
現在の地球上でフッ素は塩素よりも明らかに少ない(クラーク数参照:ただし岩石圏での比)。
フッ素は海水にも含まれるが塩素のほうがはるかに多い。
鉱物中では蛍石(ほたるいし)や氷晶石、燐灰石に含まれ、産業上もこれらの鉱石から得ている。
つまり、フッ素は海水よりも岩石中に多いのである。
愛媛大学の研究では、フッ素と塩素の存在比が地球内部と外殻部では逆転していることを突き止め、おそらく多くのフッ素は地殻よりもマントルに多く分布し、塩素は外殻や海洋に多く分布したとしている。
ハロゲンのうち最も軽いフッ素と、二番目に軽い塩素の挙動の違いがこうした結果を産んだのだろう。
電気陰性度はフッ素>塩素であり、金属と化合して固体の塩を作りやすく、いずれも常温では気体であるが、マントルへの溶解度がフッ素の方が塩素より高いらしく、ゆえに地球外殻(堆積)~海洋に塩素が多く分布するに至ったのだろう。
無論、原始地球の地表の塩素は単体ではなく、豊富な水素と化合して塩化水素の気体であっただろう。
水溶性の高い塩化水素ガスは、原始地球の豊富な水に溶けて、希塩酸の海を形成したのだ。
この後に起こった事は先述したとおりである。
海の水がしょっぱいのは、なにも石臼が塩を出し続けているからではない。
では大気はどうなったのだろう?
原始地球の大気は、毒性の強い、とても生物を育めるような大気ではなかったし、海も酸性の強いものだった。
金星の状況を観ればある程度その予想は立つ。
ハビタブルゾーンをわずかに外れると、金星のような地獄が待っているわけだ。
原始地球の大気は、おそらく金星のように二酸化硫黄を含んでいたかもしれない。窒素はすでに気体の多くを占めていたと考えられるが、炭酸ガスも豊富にあったと思われる。
この炭酸ガス(二酸化炭素)がのちの酸素や生物の基本構成を成す炭素の原料になったはずだ。
まず嫌気性菌が海洋に生まれ、なかでも硫黄細菌は硫黄をエサに繁茂していっただろう。
そのうちストロマトライト(藍藻類(シアノバクテリア)からなる集団)という、炭酸ガスから酸素を作り出す生物が太陽光の届く浅い海に現れる。
ストロマトライトは光合成で酸素を作った植物の祖先である。
酸素は毒性の強い気体(あらゆるものを酸化させる)で、反応性が高く、嫌気性菌とは相いれない元素だった。
しかし、その反応性の高さから、生物進化の原動力にもなったのである。
地球に豊富な金属だった鉄やリンと結びついて、生物の電源ともいえる酸化還元電池を作り上げ、細胞内で化学工場として働くようになったのである。
細胞内組織のミトコンドリアでは核酸が造られて、生命設計図(ゲノム)となった。
大量のストロマトライトと悠久の時間が、現在の窒素と酸素の混合気体「空気」を作ったのである。
生物学を学ぶと、炭酸同化作用や窒素固定化、アンモニア性窒素、硝酸性窒素などの生物代謝物としての窒素利用に触れることだろう。
不活性な窒素でさえ、地球の生物にはなくてはならない元素なのである。
窒素:酸素=4:1の容積比の「空気」にはわずかに炭酸ガスが含まれている。
その炭酸ガスが、我々の営みで、わずかに増えたために、地球温暖化が進み、巨大台風や旱魃、多雨、豪雪などのひどい環境変化を起こしているとされている。
このほど開かれるCOP26ではさらに踏み込んだ世界的な議論がなされることを願う。