早くも、もう三が日が過ぎようとしている
私は結婚はしたものの、子どもを持たない選択をしたことは過去にブログで触れたと思う
この選択は間違っていなかったと今でも思うし、将来の日本のことを考えれば、無責任に子孫を残すことは控えてよかったとさえ思うのだ
少子高齢化は政策でどうにかなるものではない
人口を政治で調整することは、どこの国でも失敗している
これは「現象」であって、何かの失策とかではない
むしろ国民が望んだ結果だともいえる
バブル期にはひとびとは自由を謳歌し、子どもを持つのも持たないのも自由だと思い始めた
それこそ女性の社会進出が、男女雇用機会均等法が後押しして自立した女性が増えたのだ
子を産むのは女性であるから、この社会現象は少子化へ突き進むきっかけになったと考えていい
そしてそういう女性の生き方を応援する世論も高まった
反対に女性に選ばれない男性が増え始める
リーマンショックなどの不景気も相まって、男一人で生活するのも難しい世の中になり、妻や子を養う男は限られてきた
こうして独身の男女がゆっくりとしかし確実に増え始めた
おりしも国民の高齢化が本格化してきたころである
何度も言うが、これはヒトの自由な社会がもたらした「現象」である
氷期や間氷期のようなものだ
知恵でどうこうできるものではなくなってきたのだ
地球温暖化だってそうだろう?
不便を強いることはできない現代社会である
それが自由ということなのだから
家族を養うにはその人数分のコストがかかる
一人者がもっともコスパがいいのは当然だ
リスクも人の数だけ高まる
子どもだって五体満足で生まれるかどうか賭けにちがいない
学校に入ったら入ったで、いじめだ不登校だと懸念がつきまとう
適齢期になっても働かず、引きこもられ、親は年金暮らしになり、どうにもこうにも家計が回らなくなる
一人者なら、自分のことだけをとりあえず考えておけばいい
頼れる人がパートナーとか子供だとは保証の限りではないのだ
私は、死ぬのが怖いと見える
他人事だが、自分のことなのに
一人で死んでいくことは確実だ
自宅か病院の天井を眺めて息を引き取るのだろうか?
ふと考えることがあるけれど、頭をふって考えを吹き飛ばす
周囲の人々は立派に死んでいった
私も、覚悟を決めて立派に死んでやろう
息を引き取るとはどんな感じなのだろう
あと20年も生きられまいとも思う
十何年、いや数年で命は尽きるかもしれない
その一瞬がただ怖い
私は結婚はしたものの、子どもを持たない選択をしたことは過去にブログで触れたと思う
この選択は間違っていなかったと今でも思うし、将来の日本のことを考えれば、無責任に子孫を残すことは控えてよかったとさえ思うのだ
少子高齢化は政策でどうにかなるものではない
人口を政治で調整することは、どこの国でも失敗している
これは「現象」であって、何かの失策とかではない
むしろ国民が望んだ結果だともいえる
バブル期にはひとびとは自由を謳歌し、子どもを持つのも持たないのも自由だと思い始めた
それこそ女性の社会進出が、男女雇用機会均等法が後押しして自立した女性が増えたのだ
子を産むのは女性であるから、この社会現象は少子化へ突き進むきっかけになったと考えていい
そしてそういう女性の生き方を応援する世論も高まった
反対に女性に選ばれない男性が増え始める
リーマンショックなどの不景気も相まって、男一人で生活するのも難しい世の中になり、妻や子を養う男は限られてきた
こうして独身の男女がゆっくりとしかし確実に増え始めた
おりしも国民の高齢化が本格化してきたころである
何度も言うが、これはヒトの自由な社会がもたらした「現象」である
氷期や間氷期のようなものだ
知恵でどうこうできるものではなくなってきたのだ
地球温暖化だってそうだろう?
不便を強いることはできない現代社会である
それが自由ということなのだから
家族を養うにはその人数分のコストがかかる
一人者がもっともコスパがいいのは当然だ
リスクも人の数だけ高まる
子どもだって五体満足で生まれるかどうか賭けにちがいない
学校に入ったら入ったで、いじめだ不登校だと懸念がつきまとう
適齢期になっても働かず、引きこもられ、親は年金暮らしになり、どうにもこうにも家計が回らなくなる
一人者なら、自分のことだけをとりあえず考えておけばいい
頼れる人がパートナーとか子供だとは保証の限りではないのだ
私は、死ぬのが怖いと見える
他人事だが、自分のことなのに
一人で死んでいくことは確実だ
自宅か病院の天井を眺めて息を引き取るのだろうか?
ふと考えることがあるけれど、頭をふって考えを吹き飛ばす
周囲の人々は立派に死んでいった
私も、覚悟を決めて立派に死んでやろう
息を引き取るとはどんな感じなのだろう
あと20年も生きられまいとも思う
十何年、いや数年で命は尽きるかもしれない
その一瞬がただ怖い
先年来ブログを拝読する内、いつしか私の中では「先生」となっています。
八十爺の自分が申し上げるのも烏滸がましいのですが、いつも感銘を受けています。
考察のレベルは遥かに及びませんが、私の場合、最近5W1Hを自分流に引き合いに出しています。
「何歳で?」「自宅?介護施設?病院のベッド?路上?」「病気?怪我?事故?老衰?」「如何なる様相で?」
只自分の場合は「頭をふって考えを吹き飛ばす」程の気丈さがなく、時間の経過によってこの思いの薄らぐことに任せています。そしてまた思い返すことの繰り返しです。
続く