「グッパで別れんね~んで」
の、掛け声とともに、みながそれぞれ、グー、パーを出す。

カナカナ(ひぐらし)が鳴いている。
「あたしさ、太一っちゃんのこと好き」
「なんやねん、急に。ひなちゃん」
幼い恋の物語。

赤くなって汗を拭いている従兄の太一(たいち)。
もうすぐ、あたしは大阪に帰るのよ。
長い、楽しかった夏休みが終わったから。

今年の夏は、あたしにとって、とても大切な「夏」だった。
大好きな太一に、あたしの大切なものをあげた「夏」だった。

ほたる狩りの晩に、あたしと太一はいけない遊びをしてしまったの。
でも、夢中だった。
痛いとか、そんなことはどうでもよかった。
太一にならめちゃくちゃにされてもいいと思った。
案の定、血だらけになったけれど。
日菜子、十二の夏はこうして過ぎた。



その後、二人は再び会うこともなく、日本は戦争に突入してしまった。
太一は予科練に志願し、シブヤン海に散った。
※レイテ沖海戦(1944年10月24日)のこと

日菜子が太一の死を知ったのは戦争が終わってからだった。
遺骨も遺髪もない死。

凛々しい遺影の太一に線香をあげる日菜子。
口を真一文字に引いて、その優しい目は日菜子になにか言いたげに見えた。
無念の涙がほほを伝った。

ひぐらしが消え入りそうに鳴いている。
あの時と同じように・・・

かなかなかな・・・・

蝉は死しても、空蝉(うつせみ)を残すというのに。