今日も朝から雨模様で、本格的に梅雨の季節に入った。
朝だけといっても十一時のお昼前に、塾のお手伝いをしてきた。
さすがにこの天候だから、だれも来てなかったが、一人だけ私の後にやってきた子がいる。
中一の「ふなやん」だった。名字からそういうあだ名がついている。
「やっぱり、なおぼんせんせが来てたかぁ」
傘の雨粒を振り落としながら玄関に入ってきた。
「ふなやんは、いっつも日曜日は来いひんのに、なんでまた」
「ちょっとな、家が騒がしいねん」
「なんでやの?」
「いとこが遊びに来ててな、弟とやんちゃするから、出てきた」
「ふぅん、たいへんやな。あんたも」
私は部屋の明かりを点けて、テーブルを真ん中に持ってきた。
ふなやんが椅子を出してくる。
「塾頭は?」「来はるやろ」
「あのな、せんせ」「なんや?」「この問題わかる?」
そういうと、ふなやんはサブザックから新聞紙を取り出した。
今日の毎日新聞の「脳を鍛えたい」だった。
【問題1】
159197は、ある二つの数を掛け合わせた数です。二つの数の差は4です。掛け合わせた二つの数は何でしょうか。電卓など機器に頼らずに計算してください。
【問題2】
79799も二つの数を掛け合わせた数で、二つの数の差は202です。この二つの数も答えてください。

「なんと、これはちょっとややこしいで」
「せんせ、わかる?おれな、やってみたんやけど、こんぐらがって」
「もしかして、二つの数をχyって置いて解こうとした?」「うん」
やっぱりね。そういう、ちょっと数学をかじった人がやりがちな悪法なんだな。
出題者もそうくるだろうとワナをしかけているのよ。
もちろんそういう解き方でも、がんばれば解けるだろう。
しかし、それで二次方程式が得られても、因数分解できるような形の良い式ではなく、解の公式にあてはめても、根号の中の数字が大きくなるので、開平するのが暗算ではむずかしい。

「これはな、平方数を使うのよ。そんで当たりをつけて絞り込むというのが早いよ」
「は?」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔で、ふなやんが私を見る。
「まず第一問目の159197は6桁の大きな数字やけど、100×100=10000と1000×1000=1000000の間にあるというのは、わかる?」
「そら、まあ」
まだ要領を得ない顔をしている。
「ここから絞り込みますよ。500×500=250000やから、問題の数はこれより小さいね」「はい」
「ほな、次は、300×300=90000、ちょっと小さすぎたけど、問題の数はこれより少し大きい」「そうです」「そしたら、400×400=160000はどうや?」「おしい、めっちゃ近くなった」
「そうすると、答えの数は400付近にあるんとちゃう?」「そうかもね」「159197の末尾の数字が7やから、そんなん1×7、3×9しかあれへんでしょう?」「ちょっとまってや、せんせ、これたぶん397と401ちゃう?」「合ってる。そうよ。検算した?」「うん、合ってると思う」

ほかにもっとエレガントな方法があるかもしれないが、私の頭ではこの程度である。
「ほな、次の問題いこか」「はい」「これは、同じようにやると、失敗するねん。なんせ差が202と大きいからや」「え?なんで」
「問題の数、79799は300×300=90000より小さいのはわかった。それに200×200=40000よりは大きいこともわかった。さっきの問題の二つの数はほとんど隣り合った数で、二乗に近い攻め方で求まったのだけれど、差が202と大きいんだからね」
「そうやなぁ。200×400なんてどうやろ」
「ええ線いってる。80000やろ、近いなぁ」
「あ、わかった、199とそれに202を足した401やん。でけた!」
「あんた、やるやんか。暗算、早いな」
「そろばん三級やもん」
「どうりで」

そうこうしているうちに、お昼になったんで、私も、ふなやんも家に帰ることにした。