「もう、先生がゲストにお越しになるのは何度目でしょうかね?」とFM-WAWABUBUの内外小鉄論説委員が「金魚鉢」の中で尋ねる。
京都大学理学部霊長類研究所の横山尚子教授がおもむろに口を開いた。
二度目ですかね。人類の手の長さの話で、ずいぶん前に呼んでいただきましたね」
「そうでした、そうでした。今日はですね、人間の男女の体力差について最近の研究からお話を伺いたく思います」
「どうぞよろしく」
二人は差し向かいで一礼した。
「さっそくですが、人間はいっぱんに男性の方が女性に比べて体力において優っているように思いますが、ほかの動物の場合には、むしろメスの方が狩りが上手だったりしますよね」
「ああ、チーターのことをおっしゃってるんですかね。確かに野生動物においては雌雄で体力差が顕著なものは少ないです。競馬をなさる方なら、牝馬と牡馬が同じレースを闘うこともご存知だと思います」
「そう。そうですよねぇ。外観がオスとメスで違うことは、動物の場合よくありますね」
「ああ、鳥類などがそうですね。クジャクとかね。繁殖行動の問題ですので、ヒトの性差とは少し違いますね。もちろん、体格のいい男性が女性に選ばれるということはヒトでもありますがね。ヒトの場合、文化的な面もありますから少々複雑です」
「では、男性の方が女性より体力面で勝っているのは、何か他の動物と異なることがあるのですか?」
ひとしきり、間があって、横山教授が「そうですね…」と切り出した。
「推論ですが、あくまでもね。体の構造から来ているんだという研究があります。人類が二足歩行を獲得することで、手指を自由に使えるようになりましたね」
「はい」
「しかし、運動能力は明らかに低下しました」
「と、いいますと?」
「ニホンザルの運動を観察するとわかりますが、四足で走るほうが明らかに速いでしょう」
「たしかに」
「今日、大阪女子マラソンがありましたが、42.195㎞を走るのに女性で、2時間21分程度です。これは哺乳類の中でも遅い方です」
「なるほど…」
「つまり、四足獣の時代なら、体力の男女差はほとんどないばかりか、もっと運動能力が高かったと推測できるんですよ」
「そうですかぁ。ぼくだって、もっと速く走れたかもしれませんね。四つ足で」
「そりゃそうですよ。失礼ながら、内外さんのお年でも現役の陸上選手並みの速さで普通に走れたと思いますよ」
「そうですかね。うれしいな」
頭を掻いて、まんざらでもない内外小鉄だった。
「でも、二足歩行になったから、体力に男女差ができたと言えるのでしょうか?」
「そこです。問題は」横山教授の声がやや大きくなった。

「おとぎ話として聞いてください。ヒトの社会は古代では女系であり、子供を産む女の地位が高かったという仮説を立てます」
「はぁ…」
「女は女王として君臨し、力仕事は男に任せていた時代が長く続きました。女は男をあごで使い、狩猟や建築土木などの使役につかせたのです。奴隷ですね。子孫を残すときに、その中からもっともたくましく、よく働くいい男を競わせ、戦わせて、勝ち残った者を選んで、タネをつけてもらうんですよ」
「こりゃまた…」
「女は何もせずぶくぶく太り、反対に男は頭を使い、体もたくましくなっていきますね。当然、男の中には、そんな奴隷の地位に甘んじていることに不満を持つ者が出始めます。ある日、革命が起き、男女の地位が逆転する時が来ました。そして今に至っているのです」
「壮大な話ですな。でも歴史に残っているのは、たいてい男の王で例外的に女の王が就くこともあったように書かれています」
「歴史を残す文化を持ったのは、こき使われる中で頭が良くなった男性にしかできなかったんですよ。女は相変わらず、ぶくぶく太って、食っちゃ寝で、文字も発明しなかったし、羊の飼い方すら知らなかったんですから」
「はぁ…男が文化を作り育てていったのは、女性に虐げられていた暗黒の歴史があったからなんですね?」
「あくまでも、あたしの考え方ですよ。あなた」
「いやぁ、なんだか、目の前がすっきりしました」
「こういう仮説が成り立つためには、ヒト特有の性ホルモンの使われ方にあるとみなければなりません。他の動物では、性ホルモンは繁殖行動にしか作用しませんが、ヒトの場合、男女の役割分担を原始社会で決めてしまったために、性ホルモンで男女の階級を固定したんです。まったくハチやアリの世界と同じことが起こったのだと考えています」
「固定ですか?」
「そうです。ハチなどでは女王バチが働きバチを娘からつくり、生殖能力を一時停止させた体にしています。また、繁殖の必要性があるときに、オスバチを産みます。そういう例は、哺乳類でもハダカデバネズミに観察されることがわかっています」
「ほほう」
「最近の、LGBT問題や、自分の体の性と精神の性の不一致に悩む人などは、こういったヒトの進化の産物からこぼれ出た不幸な人々なのかもしれませんね」
「ああ、そういうことなんですかねぇ。お時間がまいったようです。今日はとても味わい深いお話をいただきまして、ありがとうございました」
「こちらこそ、どうも」
二人は再び礼を交わし、内外委員は、感心しきりという表情で番組を締めた。