ここ数日、寒波が京都府にも押し寄せて雪がちらつくこともあった
大雪でたいへん困っている地方の人たちには、申し訳ないけれども、私は寒いのが苦手でつまらんことで愚痴っぽくなる

ホットウィスキーで暖を取り、庭の可憐な水仙を見る
マフラーをした女子中学生がとぼとぼと学校へ向かう

板塀というものもいいなと思う
いや、うちはそんな粋な塀を設けてはいない。道から丸見えだ
いつだったか、そうだ、地下鉄六地蔵駅のところに黒い板塀のお宅があったのだ。だから思い出した

遠くで選挙カーの「お願い」の声がしている
政治の話はしたくないし、もう期待もしていない

日本人が、あたしも含めて、疲れ切っているように思える
朝になると体のあちこちが軋む
老境なのだ

子どもたちに合わせるのがつらいのではない
彼らの行く末が暗いから、大人としてあたしはつらいのだ

何も成し遂げてやれず、ただ、勉強のお手伝いをしている
勉強なんて何の足しにもならないと彼らは知っている
あたしが「そんなことはない」と否定しても空虚である
彼らの言うことの方が当たっているのだから

あたしは学問が楽しかった世代なのだ
もうそんな時代ではない
知りたいことはスマホが教えてくれる
だから別に知りたくもなくなる
好奇心は遺物として時代の底に押し込められてしまった

化石や水晶に目を輝かせた、あたしの「あの頃」はもう遠くにあって、それを誰かに話しても新たな火花を散らすことはない

地層の下の方に、凝り固まったチャートのような好奇心がある
とにかく硬いのだ

気が付けば心は空集合になっていた