このアパートの窓から見える、錆びたような景色も見慣れてしまった。
あたしは、故郷から逃げるようにして都会に出てきたけれど、居場所がなく、やっと風俗店に雇われてこの、店が借り上げている住処(すみか)で生き延びることができた。
ただ、ここには同居人がいる。
今は出勤中だが、種本あかりという風俗嬢で、同じ職場の先輩だ。
男性専用の性感マッサージ専門の風俗店「キャラコ」の求人チラシであたしは拾われたのである。
あかりさんも、今年で二十六になる、この業界では古参になる風俗嬢だった。
家主の片山という老婆が言うには、男やもめに貸すぐらいなら、風俗嬢の方がきれいに部屋を使ってくれるので、喜んで貸すのだそうだ。
そんなことを想い出しながらあたしは、ペディキュアの手入れをしていた。
あたしも、故郷(くに)を出るまでは男と同棲したこともあり、蓮っ葉な人生を送ってきた口である。
風俗嬢になること自体、抵抗はそれほどなかった。
それよりも、あたしは文学を志していたのだった。このうらぶれた生活はそのための下積みだと心得ていた。
お金ができると、あたしは古本屋に出かけては、本を買って読み漁っていたのである。
あかりさんから「あんた、賢いんやから、こんな仕事してないで、もっといい働き口があるやろ?」といつも言われる。そんなとき、
「いいの。これも勉強なんよ」と、答えるようにしている。
あかりさんは「ふぅん」と気のない返事をしてそのまま、煙草をくゆらして、ウィスキーを舐めているのが常だった。
あたしはというと、カバーのない、しみだらけの文庫本をめくっているので、それ以上、あかりさんは干渉しなかった。
男の人を「勃(た)たせて、お口で」サービスしたり、手でしてあげたりするのが、あたしたちの仕事だった。
そうやって、「抜いて」さしあげて、すっきりしてもらうのである。
男性は「射精」しないと、溜まって苦しいらしく、それなら自分でなさればいいのだが、うら若い女性にしごいてもらうことは、ボーナスをもらったときのささやかな楽しみだと、お客はおっしゃる。
「奥様じゃだめなん?」「あかん、あかん。まったく勃たへん」のだそうだ。
独身貴族の殿方は、癖になるらしく、常連さんも多いし、あたしを指名料払ってでも指名してくださるのは、正直、うれしい。
「おれのどう?」「どうって、お元気ね」「でかい?」「ふつう…ですよ」「ふつうかぁ。もっとおっきいやついる?やっぱし」「いますよ。こんくらいの」「ひぇ~」
こういうお決まりのパターンの会話が、おもしろい。
どうして、男の人は自分の持ち物の大きさについて、あたしたちに意見を求めるのだろう?
「なおちゃんなんかさ、やっぱりおっきい方が好きなんだろ?」と食い下がってくるから、
「そうでもないです。お客さんくらいのが握りやすいし、お口でも舐めやすいですから」
「そうかぁ、そうだよねぇ」
「はい、じゃ、失礼してフェラやります」
という風に持っていくのである。
こういう技術的なことは入店の際に、店長の前島さんと、副店長の磯部さんに実地で教わるのである。
最初だから、身の危険を感じた。
密室で二人の男の性器を使って教えられるのだから、最後は犯されるのではないかとこわごわだった。
しかし、彼らはそういうことはぜったいしなかった。訊けば、
「うわさが立つと、この業界は警察から目をつけられてやっていけへんね」ということらしい。
「強姦」はいかなることがあってもしてはならないという不文律があるようだった。
とはいえ、実物を使っての教育である。
びっくりするなという方が無理があろう。
前島さんの「道具」は、私の元カレのものとは比較にならないくらい巨大だった。
とても口では無理で、手でする方法を伝授された。
磯部さんのものは、店長よりいくぶん小さかったがやはり、一般の男性よりは大きいほうだと、今になって思う。
お客の数が増えて経験も増すと、店長や副店長は世間一般より立派なモノをお持ちなのだということがわかってきた。つまり元カレのモノが普通なのだと。
「ただいまぁ」
あかりさんがドアを開けて入ってきた。グッチのバッグが光っている。
ピンクのタイトスカートからすらりとした足が伸びてパンプスを脱ぐためにしゃがむと、こぼれそうなおっぱいが胸元からのぞく。
「あんな、なおぼん」あたしの名は、横山尚子(なおこ)というので、あかりさんは「なおぼん」と呼んでくれるのだった。
「なぁに?」
「あたしの甥っ子なんやけど、ちょっとだけここに住まわしてもええかな」
「は?甥っ子さん?いくつぐらいの?」
「十四、五かな、中学は卒業しよったんやけど、家がな、あたしの兄貴なんやけど、離婚しよって、連れ合いのほうは甥っ子を残してどっか逃げてしもたんや」
「それは…たいへんやねぇ。ええよ。あたしは」
そうは言ったが、十五といえば、もう大人の男の子である。ちょっと複雑な気持ちだった。
「今晩からでもええ?」
「…いいですよ。お布団どうしよう」「あたしとなおぼんがこっちの六畳で一緒に寝て、あいつはそっちの四畳半で毛布にでもくるまって寝てもらうわ。この季節、もう大丈夫やろ」
五月の連休も過ぎて、そろそろ日中は過ごしやすくなってきたころだった。
その晩、あたしは出勤し、あかりさんは駅まで甥っ子さんを迎えに行くとかでアパートを出た。
あたしが帰ったのは、午後十一時五十分で、みんなもう寝ているだろうと思っていたが、アパートはあかあかと明かりが灯っている。
「ただいまぁ」
「あぁ、なおぼん、紹介するわ、こいつが甥っ子の真司(しんじ)」
五分刈りの青年は、まだ髭も生えていないようなおぼこい顔立ちだった。
「この人はな、あたしの同僚の、よこやまなおこっていうねん」
「お、おせわになります。なおこさん」ぺこりとお辞儀をした。
「よろしくね。あかりさんも、あたしも不規則な仕事やから、こんな時間に帰りがなることもあるけど、まあ気にせんとね」「はあ」
しかし、この幼さを残した青年にあたしたちの仕事のことを話して良いものかどうか判じかねた。
その日は遅いので、寝ることにした。
あたしとあかりさんが一つ蒲団で、真司君はなんでも「シュラフ」という登山用の寝袋を持参してきたらしくそれで隣の四畳半で寝てもらった。
「あかりさん」「なんえ?」「あたしらの仕事のこと、あの子知ってますのん?」「知ってるわさ」「話、したんですか?」「あいつも子供やあらへんね」「そやかて…」
もう、どうにでもなれという感じで短い掛布団を取り合うようにして寝た。
あくる日は、あかりさんが昼間の仕事で、朝から出て行き、あたしは真司君と二人で過ごした。
「なあ、真司君、学校とかどうすんの?」
「高校いくつもりやったけど、親が離婚して、おれが家を飛び出したから先のことはわかれへん」
「まあね、高校ぐらいは出ておかんと就職もないよ、きょうび」
あたしは、インスタントコーヒーを作りながら弟に諭すように言った。
あたしにも、二つ違いの弟がいた。
「なおこさんは、本が好きなんですか?」
部屋の隅に木製の本棚があってあたしの文庫本などが立ててある。それがすべてあたしのものだということをあかりさんから聞いたらしい。
「うん、まあ。あたしね、作家になりたいねん」「へぇ…ほな、なんで風俗嬢に?」
「真司君は風俗嬢ってどんな仕事か知ってんねんね」「まぁ、だいたいは、叔母から聞いてますけど」
あたしは出来あがったコーヒーカップを彼の前に置いた。
「お砂糖、ここの使って。ミルクないけど」
「いただきます」
ひとしきり、コーヒーをすする音だけが部屋に響く。
「なおこさん、いくらぐらいでしてもらえるんですか?」
あたしは、「なに?」と聞き返した。
「お金、いくら出したら、あの、やってもらえるんですか?」
どうやら、性感マッサージをしてほしいということらしい。
「あのね、真司君、こういうことは大人の世界でのサービスなんよ。あんた、まだ未成年でしょ?ダメです」ときっぱりとお断りした。
「やっぱり、あきませんか…」
そういうと、カップのコーヒーを飲み干した。
「ぼく、ちょっと、一人でしますから、部屋に入って来んといてください」
そういって部屋から出て境のふすまを閉じて籠ってしまった。
あたしはあぜんとして、その締められたふすまをながめていた。
雀のさえずりが、のどかに聞こえ、四畳半からはガサゴソと衣擦れの音がして、静まり返った。
男の子は思春期になると、自分で性欲を処理するものだということはあたしも当然知っている。
それも仕事柄、どうやってするのかも知っている。
知っているだけに、ふすま一枚隔てて、男の子が行為にふけっていることを想像すると切なかった。
あたしは立ち上がって、ふすまを開けた。
はたして、真司は下半身をむき出しにしてシュラフの上であおむけになってこすっていた。
目が合った。
「真司君…あたしがしてあげるから…お金はいらないから」
あたしは、彼が不憫でならなかった。
彼のそばに座り、バトンを受けるようにまだ毛も生えそろわない勃起を手に取った。
それでもしっかりと剥けて、亀頭を露わにして一人前の面構えをみせている。
何よりも硬かった。芯でも入っているかのように天を向いて勃っている。
それを手しているだけで、あたしはあそこが湿ってくる気がした。
だれでもそうかもしれないが、男性の勃起を目の前にすると女はそれを入れたくて、潤滑液がしみ出してくるのだった。
「しっかり硬いわね」
「叔母さんから、昨日、聞いたんだ、風俗嬢の仕事のこと」
「それまでは知らなかったの?」
あたしは、ペニスの形を確かめるように握ったり、包皮を舌に引っ張たりして尋ねた。
「うん、知らなかった」
「あたしたちのこと、真司君はどう思う?汚らわしい?」「ううん。素晴らしい仕事だと思う」
そう言ってくれた。
「真司君は、自分でいつごろからするようになったん?」
「去年に、友達から聞いて、エロ本みながらこすってたら、射精できた…ああ、気持ちええ」
「真司君の、おっきいなぁ、もう大人やん」
「ほんまに?なおこさん、いっぱい大人のチンポ見てるんやろ?」
「見てるよぉ。もう百本くらい見たかなぁ」「へぇ」
あたしは、握る力を込めて上下させた。そして亀頭に唾を垂らし、潤滑させる。
食い入るように真司はあたしの所作を見ている。
「叔母ちゃんに、昨日、してくれって頼んでみてん」
「え?頼んだん?」あたしはびっくりして真司を見た。
「ほんなら、あほかって断られた」「そらそうやろ。叔母と甥やもん」
「ほんでな、叔母ちゃんがいうには、明日、なおこさんにしてもらえって」
「うへっ」あたしはずっこけそうになる。
言うに事欠いて、他人のあたしに押し付けるなんて…
「そっかぁ…先輩の言いつけやったら断れへんなぁ。舐めたげよ」
「え?フェラしてくれるんですか?」驚いたのは彼の方だった。おまけに「フェラ」なんていう業界語まで知っている。
「やったげる」
あたしは、そう言うと、その若い茎に顔を近づけて、ぴっかぴかの亀頭をほおばった。
あぷ…
「あぁ、なおこさん…ありがとう」
感激している真司だった。
あたしの口から出入りする自身の勃起を、真司は目を皿のようにして見つめている。
あたしは上目遣いで、彼を見てやる。「どう?」と目で合図しながら。
じゅっぱ、じゅっぱ、じゅぼ、じゅぼ…
彼はますます硬くなり、反り返るのだった。
熱い肉の棒があたしの唇を摩擦する。
舌で、亀頭のカリをなぞり、その溝を掻いてやる。
真司の内腿がびくびくと痙攣しだし、射精が近そうだった。
真司の手があたしの頭をつかんで強制的に勃起を喉奥に押し込もうとする。
「あぐっ、いぐっ」
どぴゃぁ…
何度もあたしの口の中ではじけた。
その量ったら…
コップ一杯はあろうかと思うくらいで、そのままでは気管に入るので無理に飲み干した。
ゴクリ…
大きく喉が鳴る。特有の生臭い匂いが鼻に抜ける。
口角から余る液体を漏らしながらあたしは、手で受けて台所に走った。
げぇ~っ…ごぼっ…
思わず吐いてしまった。
朝食べたものまで胃から逆流してしまった。
激しく水を蛇口から出しながら、顔を洗い、口を漱ぐ。
真司のところに戻ると、彼はティッシュで後始末をしたのだろう、掌にティッシュの団子を載せて、仰向けに天井をながめている。
ペニスはだらしなく、縮こまっていた。
「ごめんね、なおこさん」「ううん、ええんよ。気持ちよかった?」「うん、最高やった」「そら、よかった」
もうお昼だった。
「真司君、どっか食べに出よか」「うん。お腹すいたぁ」「よし、中華食べに行こう」
あたしたちは、五月の街に繰り出した。
(おしまい)
あたしは、故郷から逃げるようにして都会に出てきたけれど、居場所がなく、やっと風俗店に雇われてこの、店が借り上げている住処(すみか)で生き延びることができた。
ただ、ここには同居人がいる。
今は出勤中だが、種本あかりという風俗嬢で、同じ職場の先輩だ。
男性専用の性感マッサージ専門の風俗店「キャラコ」の求人チラシであたしは拾われたのである。
あかりさんも、今年で二十六になる、この業界では古参になる風俗嬢だった。
家主の片山という老婆が言うには、男やもめに貸すぐらいなら、風俗嬢の方がきれいに部屋を使ってくれるので、喜んで貸すのだそうだ。
そんなことを想い出しながらあたしは、ペディキュアの手入れをしていた。
あたしも、故郷(くに)を出るまでは男と同棲したこともあり、蓮っ葉な人生を送ってきた口である。
風俗嬢になること自体、抵抗はそれほどなかった。
それよりも、あたしは文学を志していたのだった。このうらぶれた生活はそのための下積みだと心得ていた。
お金ができると、あたしは古本屋に出かけては、本を買って読み漁っていたのである。
あかりさんから「あんた、賢いんやから、こんな仕事してないで、もっといい働き口があるやろ?」といつも言われる。そんなとき、
「いいの。これも勉強なんよ」と、答えるようにしている。
あかりさんは「ふぅん」と気のない返事をしてそのまま、煙草をくゆらして、ウィスキーを舐めているのが常だった。
あたしはというと、カバーのない、しみだらけの文庫本をめくっているので、それ以上、あかりさんは干渉しなかった。
男の人を「勃(た)たせて、お口で」サービスしたり、手でしてあげたりするのが、あたしたちの仕事だった。
そうやって、「抜いて」さしあげて、すっきりしてもらうのである。
男性は「射精」しないと、溜まって苦しいらしく、それなら自分でなさればいいのだが、うら若い女性にしごいてもらうことは、ボーナスをもらったときのささやかな楽しみだと、お客はおっしゃる。
「奥様じゃだめなん?」「あかん、あかん。まったく勃たへん」のだそうだ。
独身貴族の殿方は、癖になるらしく、常連さんも多いし、あたしを指名料払ってでも指名してくださるのは、正直、うれしい。
「おれのどう?」「どうって、お元気ね」「でかい?」「ふつう…ですよ」「ふつうかぁ。もっとおっきいやついる?やっぱし」「いますよ。こんくらいの」「ひぇ~」
こういうお決まりのパターンの会話が、おもしろい。
どうして、男の人は自分の持ち物の大きさについて、あたしたちに意見を求めるのだろう?
「なおちゃんなんかさ、やっぱりおっきい方が好きなんだろ?」と食い下がってくるから、
「そうでもないです。お客さんくらいのが握りやすいし、お口でも舐めやすいですから」
「そうかぁ、そうだよねぇ」
「はい、じゃ、失礼してフェラやります」
という風に持っていくのである。
こういう技術的なことは入店の際に、店長の前島さんと、副店長の磯部さんに実地で教わるのである。
最初だから、身の危険を感じた。
密室で二人の男の性器を使って教えられるのだから、最後は犯されるのではないかとこわごわだった。
しかし、彼らはそういうことはぜったいしなかった。訊けば、
「うわさが立つと、この業界は警察から目をつけられてやっていけへんね」ということらしい。
「強姦」はいかなることがあってもしてはならないという不文律があるようだった。
とはいえ、実物を使っての教育である。
びっくりするなという方が無理があろう。
前島さんの「道具」は、私の元カレのものとは比較にならないくらい巨大だった。
とても口では無理で、手でする方法を伝授された。
磯部さんのものは、店長よりいくぶん小さかったがやはり、一般の男性よりは大きいほうだと、今になって思う。
お客の数が増えて経験も増すと、店長や副店長は世間一般より立派なモノをお持ちなのだということがわかってきた。つまり元カレのモノが普通なのだと。
「ただいまぁ」
あかりさんがドアを開けて入ってきた。グッチのバッグが光っている。
ピンクのタイトスカートからすらりとした足が伸びてパンプスを脱ぐためにしゃがむと、こぼれそうなおっぱいが胸元からのぞく。
「あんな、なおぼん」あたしの名は、横山尚子(なおこ)というので、あかりさんは「なおぼん」と呼んでくれるのだった。
「なぁに?」
「あたしの甥っ子なんやけど、ちょっとだけここに住まわしてもええかな」
「は?甥っ子さん?いくつぐらいの?」
「十四、五かな、中学は卒業しよったんやけど、家がな、あたしの兄貴なんやけど、離婚しよって、連れ合いのほうは甥っ子を残してどっか逃げてしもたんや」
「それは…たいへんやねぇ。ええよ。あたしは」
そうは言ったが、十五といえば、もう大人の男の子である。ちょっと複雑な気持ちだった。
「今晩からでもええ?」
「…いいですよ。お布団どうしよう」「あたしとなおぼんがこっちの六畳で一緒に寝て、あいつはそっちの四畳半で毛布にでもくるまって寝てもらうわ。この季節、もう大丈夫やろ」
五月の連休も過ぎて、そろそろ日中は過ごしやすくなってきたころだった。
その晩、あたしは出勤し、あかりさんは駅まで甥っ子さんを迎えに行くとかでアパートを出た。
あたしが帰ったのは、午後十一時五十分で、みんなもう寝ているだろうと思っていたが、アパートはあかあかと明かりが灯っている。
「ただいまぁ」
「あぁ、なおぼん、紹介するわ、こいつが甥っ子の真司(しんじ)」
五分刈りの青年は、まだ髭も生えていないようなおぼこい顔立ちだった。
「この人はな、あたしの同僚の、よこやまなおこっていうねん」
「お、おせわになります。なおこさん」ぺこりとお辞儀をした。
「よろしくね。あかりさんも、あたしも不規則な仕事やから、こんな時間に帰りがなることもあるけど、まあ気にせんとね」「はあ」
しかし、この幼さを残した青年にあたしたちの仕事のことを話して良いものかどうか判じかねた。
その日は遅いので、寝ることにした。
あたしとあかりさんが一つ蒲団で、真司君はなんでも「シュラフ」という登山用の寝袋を持参してきたらしくそれで隣の四畳半で寝てもらった。
「あかりさん」「なんえ?」「あたしらの仕事のこと、あの子知ってますのん?」「知ってるわさ」「話、したんですか?」「あいつも子供やあらへんね」「そやかて…」
もう、どうにでもなれという感じで短い掛布団を取り合うようにして寝た。
あくる日は、あかりさんが昼間の仕事で、朝から出て行き、あたしは真司君と二人で過ごした。
「なあ、真司君、学校とかどうすんの?」
「高校いくつもりやったけど、親が離婚して、おれが家を飛び出したから先のことはわかれへん」
「まあね、高校ぐらいは出ておかんと就職もないよ、きょうび」
あたしは、インスタントコーヒーを作りながら弟に諭すように言った。
あたしにも、二つ違いの弟がいた。
「なおこさんは、本が好きなんですか?」
部屋の隅に木製の本棚があってあたしの文庫本などが立ててある。それがすべてあたしのものだということをあかりさんから聞いたらしい。
「うん、まあ。あたしね、作家になりたいねん」「へぇ…ほな、なんで風俗嬢に?」
「真司君は風俗嬢ってどんな仕事か知ってんねんね」「まぁ、だいたいは、叔母から聞いてますけど」
あたしは出来あがったコーヒーカップを彼の前に置いた。
「お砂糖、ここの使って。ミルクないけど」
「いただきます」
ひとしきり、コーヒーをすする音だけが部屋に響く。
「なおこさん、いくらぐらいでしてもらえるんですか?」
あたしは、「なに?」と聞き返した。
「お金、いくら出したら、あの、やってもらえるんですか?」
どうやら、性感マッサージをしてほしいということらしい。
「あのね、真司君、こういうことは大人の世界でのサービスなんよ。あんた、まだ未成年でしょ?ダメです」ときっぱりとお断りした。
「やっぱり、あきませんか…」
そういうと、カップのコーヒーを飲み干した。
「ぼく、ちょっと、一人でしますから、部屋に入って来んといてください」
そういって部屋から出て境のふすまを閉じて籠ってしまった。
あたしはあぜんとして、その締められたふすまをながめていた。
雀のさえずりが、のどかに聞こえ、四畳半からはガサゴソと衣擦れの音がして、静まり返った。
男の子は思春期になると、自分で性欲を処理するものだということはあたしも当然知っている。
それも仕事柄、どうやってするのかも知っている。
知っているだけに、ふすま一枚隔てて、男の子が行為にふけっていることを想像すると切なかった。
あたしは立ち上がって、ふすまを開けた。
はたして、真司は下半身をむき出しにしてシュラフの上であおむけになってこすっていた。
目が合った。
「真司君…あたしがしてあげるから…お金はいらないから」
あたしは、彼が不憫でならなかった。
彼のそばに座り、バトンを受けるようにまだ毛も生えそろわない勃起を手に取った。
それでもしっかりと剥けて、亀頭を露わにして一人前の面構えをみせている。
何よりも硬かった。芯でも入っているかのように天を向いて勃っている。
それを手しているだけで、あたしはあそこが湿ってくる気がした。
だれでもそうかもしれないが、男性の勃起を目の前にすると女はそれを入れたくて、潤滑液がしみ出してくるのだった。
「しっかり硬いわね」
「叔母さんから、昨日、聞いたんだ、風俗嬢の仕事のこと」
「それまでは知らなかったの?」
あたしは、ペニスの形を確かめるように握ったり、包皮を舌に引っ張たりして尋ねた。
「うん、知らなかった」
「あたしたちのこと、真司君はどう思う?汚らわしい?」「ううん。素晴らしい仕事だと思う」
そう言ってくれた。
「真司君は、自分でいつごろからするようになったん?」
「去年に、友達から聞いて、エロ本みながらこすってたら、射精できた…ああ、気持ちええ」
「真司君の、おっきいなぁ、もう大人やん」
「ほんまに?なおこさん、いっぱい大人のチンポ見てるんやろ?」
「見てるよぉ。もう百本くらい見たかなぁ」「へぇ」
あたしは、握る力を込めて上下させた。そして亀頭に唾を垂らし、潤滑させる。
食い入るように真司はあたしの所作を見ている。
「叔母ちゃんに、昨日、してくれって頼んでみてん」
「え?頼んだん?」あたしはびっくりして真司を見た。
「ほんなら、あほかって断られた」「そらそうやろ。叔母と甥やもん」
「ほんでな、叔母ちゃんがいうには、明日、なおこさんにしてもらえって」
「うへっ」あたしはずっこけそうになる。
言うに事欠いて、他人のあたしに押し付けるなんて…
「そっかぁ…先輩の言いつけやったら断れへんなぁ。舐めたげよ」
「え?フェラしてくれるんですか?」驚いたのは彼の方だった。おまけに「フェラ」なんていう業界語まで知っている。
「やったげる」
あたしは、そう言うと、その若い茎に顔を近づけて、ぴっかぴかの亀頭をほおばった。
あぷ…
「あぁ、なおこさん…ありがとう」
感激している真司だった。
あたしの口から出入りする自身の勃起を、真司は目を皿のようにして見つめている。
あたしは上目遣いで、彼を見てやる。「どう?」と目で合図しながら。
じゅっぱ、じゅっぱ、じゅぼ、じゅぼ…
彼はますます硬くなり、反り返るのだった。
熱い肉の棒があたしの唇を摩擦する。
舌で、亀頭のカリをなぞり、その溝を掻いてやる。
真司の内腿がびくびくと痙攣しだし、射精が近そうだった。
真司の手があたしの頭をつかんで強制的に勃起を喉奥に押し込もうとする。
「あぐっ、いぐっ」
どぴゃぁ…
何度もあたしの口の中ではじけた。
その量ったら…
コップ一杯はあろうかと思うくらいで、そのままでは気管に入るので無理に飲み干した。
ゴクリ…
大きく喉が鳴る。特有の生臭い匂いが鼻に抜ける。
口角から余る液体を漏らしながらあたしは、手で受けて台所に走った。
げぇ~っ…ごぼっ…
思わず吐いてしまった。
朝食べたものまで胃から逆流してしまった。
激しく水を蛇口から出しながら、顔を洗い、口を漱ぐ。
真司のところに戻ると、彼はティッシュで後始末をしたのだろう、掌にティッシュの団子を載せて、仰向けに天井をながめている。
ペニスはだらしなく、縮こまっていた。
「ごめんね、なおこさん」「ううん、ええんよ。気持ちよかった?」「うん、最高やった」「そら、よかった」
もうお昼だった。
「真司君、どっか食べに出よか」「うん。お腹すいたぁ」「よし、中華食べに行こう」
あたしたちは、五月の街に繰り出した。
(おしまい)